「あっ!!」
「!!」
廊下の角を曲がった途端、ある人物が勢いよくぶつかってくる。
鈍い痛みと同時に、身体のバランスを崩して相手と共に倒れこんだ。
前方不注意もいいところだ。
ノヴァは頭を抑えながら、目の前の人物を見た。
「……フェリチータ」
「ご……ごめん、ノヴァ」
目線の先には、ある程度予想していた人物。
フェリチータがいた。
不機嫌そうなノヴァを見て、申し訳なそうにこちらを見ている。
「何をそんなに急いでるんだ」
「ちょっと……忘れ物しちゃって…」
「だからって、不注意すぎるだろ。建物の中で走り回るな」
「ご……ごめんなさい」
フェリチータはしっかりと反省しているので、これ以上責める事は止めておく。
「……怪我はないな」
「う……いたっ!」
「え……あっ」
フェリチータが小さく悲鳴を上げると、その原因がすぐにわかった。
フェリチータの長い髪が、ノヴァの服のボタンに複雑に絡まっている。
動けば引っ張られて、痛みが伴うだろう。
フェリチータが動くたびに、顔を歪ませている。
「ノヴァ……ごめんっ。今取るから」
フェリチータは何を思ったのか、ナイフを取り出した。
その言動に驚きながら、ノヴァは慌ててその手を止めた。
「馬鹿、切るな」
「だって……」
「いいから、ジッとしてろ」
このまま任せては本当に切りかねない。
髪は女の命だとスミレから聞いているし、ノヴァ自身もそんな風にしたくなかった。
フェリチータの髪は真っ直ぐで、さらさらとしている。
そして、とても綺麗だった。
「っ!!」
その事をノヴァは強烈に意識して、何とか平静を保つ。
指先が少し緊張して、丁寧に動かした。
(こんな理由がないと……触れる事は出来ないんだ)
婚約を破棄した今では、ただの従兄弟同士。
それ以外では、『アルカナ・ファミリア』のファミリー。
それだけの、関係だ。
鈍い痛みが、胸を刺す。
「………」
けれど、それを望んだのは他ならぬ自分だ。
「ほら、とれたぞ」
「ありがとう。ノヴァ……。それから、ごめんね」
「ああ」
フェリチータはにっこりと笑うと、そのまま小走りで歩き出していく。
走り出さないのは、先ほどの事があるからだろう。
その姿を見て、思わず苦笑していた。
ノヴァは思わず、自分の手を見つめる。
フェリチータの髪に触れていた、手。
望んではいけないのに、愛しさがこみあげてくる。
「……はぁ」
やりきれない想いに、ついため息をついていた。
ノヴァは、たった今感じたものを……すぐに心の奥底に沈めていた。
fin
同人活動も行っています。