この人に隙なんてない――そう思ってた。
尊の家で食事の片づけをしていると、不意に尊の様子が気になり思わず見つめていた。
(今もPC……見てる)
仕事でも家でも、尊はいつもPC作業に追われている。
その視線は厳しく、作業が終わった時にはいつも疲れている。
休んで欲しいと思う反面、彼の仕事ぶりには尊敬していた。
「はあ、疲れた」
「お疲れ様です」
「ほんと……疲れた」
作業を止めた尊はとても疲れた顔をしていて、早く休んでもらったほうがいいかもしれない。
「笹塚さん、疲れてるならもう横になってください。私も帰りますから」
「……膝貸せ」
「え?」
「膝」
「あ……はいっ」
市香は言われるがまま、尊の元へと近づいて腰を下ろした。
それと同時に、尊は市香の膝を枕代わりにして横になる。
「30分だけ寝かせろ。その後送ってく」
「あの……疲れてるなら……ベッドにっっ」
「ここでいい」
「え、あ……」
慌てている市香をよそに、目を閉じた尊から寝息が聞こえてくる。
(よっぽど疲れてたんだな……)
すやすやと眠る姿は子供のようで……見ていて顔が緩んでしまう。
こんなリラックスしている姿は……自分の前だけでしてほしい。
普段は全くと言っていいほど隙のない彼だから……こうして眠っている姿は本当に新鮮だ。
「お疲れ様です……笹塚さん」
彼が休まるならいくらでも膝枕をしよう。
そう思いながら、市香は尊の顔を見つめていた。
「バカ猫……お前まで寝てどうするんだ」
「すみませんっ……」
気がついた時には市香も眠ってしまい、市香が起きた時には日付が変わっていた。
30分経っても起こすことはしなかった市香だったが、気持ちよさそうに眠る尊につられた。
まさか、日付が変わってしまうなんて……怒られても仕方がない。
「もういい。今度はお前抱き枕になれ」
「え?」
尊は市香の身体をベッドへ沈めて、自分もその隣へと移動する。
彼の言葉通り、市香は尊によって抱きしめられていた。
「もう遅いからこのまま寝ろ」
「あの………私は一人で帰りますよ?ゆっくり休んでください……」
「却下」
「え……でもっ」
「起こさなかったお前が悪い。罰としてこのままここで寝ろ」
「さ……」
「――おやすみ」
「……」
そんなの罰じゃない――嬉しい。
「……おやすみなさい……笹塚さん」
「――」
彼の返事はなかったが、市香もまたその背中にしがみついていた。
———
「ん……」
目が覚めた時……どこか違和感を感じる。
上を見上げれば、市香の顔がすぐ近くにあって……。
「っ!!市……香」
大きな声を出しそうになって、尊は咄嗟に声を抑えた。
どうやら市香も眠っているらしい。
尊を膝に乗せたままの状態で――。
(時間……)
身体を起こして時間を見ると、尊は驚いた。
指定したのは30分だが、今はもうあれから1時間以上経っている。
「起こさなかったな、このバカ」
人に気遣って起こさないままでいて、そのまま眠った――という状況らしい。
「人のことばかりだな、お前は」
帰ると言ったのも、今も……全部尊を気遣ってのことだった。
忙しさを理由にして、市香をかまっていない自覚はある。
だけど……それでも一緒にいたいから……膝枕を提案した。
「それにしてもほんと無防備……隙だらけ」
いくら自分が傍にいるからとはいえ、気が緩みすぎだ。
「起きたら……また躾し直しだな………とりあえず今は……」
眠っているお前が悪い――と心の中で呟いて――。
「褒美だけ……渡しとく」
尊は幸せそうに眠る市香に……唇を重ねた。