乙女ゲーム・八犬伝などの二次創作のごった煮ブログです。
結婚イベント前。千尋が風早といるのを目撃したアシュヴィンは…。
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それは結婚数日前のことだった。
常世の皇子と中ツ国の二ノ姫が結婚するという話題は、瞬く間に広がっていく。
その中には祝福をする者。
その身を案じる者。
企もうとする者。
様々だった。
そんな周囲の中、千尋は浮かない顔をしていた。
心が定まらないまま、結婚の日は近づいていく……。
そして今日も一日が終わろうとしている……。
「もうすぐ……か」
一日が終わる度、結婚の日が近づいていく。
それが千尋の心を重くしていった……。
(結局……。私はこのままでいいんだろうか?)
―――流されて、結婚して……。
それで本当に、正しいのだろうか…?
そんな事をぼんやりと考えていると、ある人物が近づいてきた。
「千尋」
「あ、風早」
「大丈夫ですか?」
心配性な風早の事だ。
きっと、結婚の事を言ってるのだと千尋にはわかった。
「うん、大丈夫」
本当は全く大丈夫ではない。
しかし、これ以上心配させる訳にはいかなかった。
「千尋が全部、背負うわなくてもいいんですよ」
「風早……」
その言葉に千尋は縋りたくなってしまう。
けど……。
「ううん……。確かに不安はあるよ…。でも…」
『俺は常世を変える』
そう言ったアシュヴィンの目が、千尋の脳裏によぎった。
あの笹百合で交わした言葉を、千尋は信じたいと思ったのだ。
アシュヴィンの事を、もっとよく知りたいと思った。
「だから、大丈夫だよ」
そう風早に笑いかけた。
それは嘘でも作り笑いでもない、真実の微笑み。
「そうですか……。なら大丈夫ですね」
風早もそれ以上、その話には触れなかった。
(ん……。あれは…千尋と風早か)
アシュヴィンが偶然に見たもの。
それは千尋と風早の姿だった。
2人は何やら楽しそうに、会話をしている。
(そういえば……。あまり、千尋が笑った顔を見たことがなかったな)
それも無理もない話だった。
少し前までは敵同士だったし、話す機会もそうなかった。
出会いからして、戦だ。
自分が気に入った女の笑顔を、見たことがないのは不思議でしかない。
だが……。
「あの2人は特別な雰囲気を感じる」
元々、2人はずっと一緒にいたらしい。
だから当然なのかもしれないが……。
「本当は想いあってるのかもな」
身分差からどうにも出来ないだけであって、本当は……。
思えば出会いからして、そうだった。
アシュヴィンと対峙した風早の元に現れたのは、千尋だった……。
敵であるアシュヴィンに対しても怯むことなく、風早を助けようとしていた。
(馬鹿馬鹿しい……)
どちらにせよ、千尋はもうすぐ自分の物になる。
一応形だけは。
「俺が欲しい物は、そんな物じゃないのにな」
「…何が?」
「!!」
アシュヴィンの元に現れたのは、今考えていた人物だった。
「いつからそこに……」
「え?ほんの今だよ。何だかアシュヴィンが考えてるみたいだったから……何かあったのかと」
「…………………」
つい先ほど、考えていたのが漏れていたらしい。
不思議そうに見つめる千尋を、アシュヴィンは平静を装う。
「別に何でもない」
「えーー。何か欲しい物でもあるんでしょ?」
「………………………」
それが目の前にあると言ったら、どんな反応をするのか……。
実際は言う訳にはいかず、咄嗟に誤魔化した。
「どうやらお前、結婚に乗り気じゃないらしいな」
「!!」
一瞬、千尋の顔が強張った。
「お前、他に好きな奴でもいるんじゃないのか?例えば風早とか」
肯定されたら自分はいったいどうするのか……。
だが千尋は間抜けな顔をしている。
「へ?風早。まさか、それはないよ」
あっさり否定した千尋は、相当鈍いのか……。
少なくとも風早は想っている筈なのに…。
「ほーーー。それなのにまだ悩んでいたのか」
「仕方ないでしょ。結婚なんて一生のものなんだし」
「いい加減諦めろ。むしろ俺の妻になることをもっと喜んだらどうだ」
「もーー。あのねーー」
千尋は、アシュヴィンがあっさりと言うのが不満らしい。
「まあ、この結婚でもどうなるかわからないが……」
どんな勢力をつけても、あの敵に勝つ事が出来なければ一緒だった。
皇を討つ日が本当に来るのだろうか……。
そんな不安がアシュヴィンの心によぎった。
「大丈夫だよ」
暗い気持ちに差し込んだのは、一筋の光。
「私たちがいれば、きっといい方向に行く。…ううん、いい方向にするのよ!!」
千尋は強い眼差しで、力強く言い放つ。
その眼差しは、アシュヴィンが惹かれてやまないものだ。
「くっ……。そうだな」
「ちょ……。何で笑うのよ!!」
せっかく真剣に言ったのに、アシュヴィンが吹き出していた。
そんなアシュヴィンに千尋はむくれる。
「もーー。そんなに笑わないでよ」
千尋の言葉は、アシュヴィンの中にあったものを次々と消していく。
嫉妬、不安、恐怖。
「何とかなる…か」
「そうだよ!!」
優しく笑う千尋につられて、アシュヴィンも笑っていた。
「俺は全てを手に入れる」
そう決意しながら、アシュヴィンは見つめていた。
千尋のことを…。
~fin~
天岩戸イベント前。千尋がいないこと知ったアシュヴィンは…。
「千尋がいない?」
「はい…。昼間は見かけたんですが…」
夜遅くなってから、アシュヴィンは幽宮に戻ってきた。
リブの報告では千尋が、宮にいないという話だ。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
(まさか、豊葦原に帰ったとか?)
先日、婚姻関係を結んだばかりだ。
それはないとは思うが、元々は政略結婚だ。
千尋自身、それを望んでいなかった事は知っている。
だが、王族としての務めとして受け入れていた筈なのに…。
「逃げ出したか」
思わず、そんな言葉がアシュヴィンから漏れる。
それと同時に、苛立つ自分に気がつく。
千尋がいないことでの、焦りと苛立ち。
そんな感情がアシュヴィンの中で、騒いでいる。
「や、それはないと思いますよ」
「何?」
「実は、殿下が小競り合いに巻き込まれたかもしれない、という話をしまして……」
リブから聞いたのは意外な話だった。
「姫はそれを大層心配されてました」
「千尋が?」
「はい。だから殿下を探しに行ったのかもしれません」
「いや……でもな」
一瞬、喜んだ自分がいる。
―――しかし、千尋が自分のために、そこまでするだろうか?
「まあ、いい。しばらくして戻らないようなら、探してくれ」
「わかりました」
アシュヴィンはリブを下がらせ、自室へ戻る。
庭からよく見知った声が、聞こえてきた。
「ありがとう。遠夜」
それは千尋の声。
だが、その口からは別の男の名を呼んでいる。
それは、先ほど芽生えた感情が更に膨れ上がっていた。
「夜歩きとは…大層な趣味をお持ちで」
不意に出た言葉は、そんな皮肉からだった。
「アシュヴィン……」
千尋に近づいていくと、千尋はすごい驚いている。
他の男に会っている所を、一応夫であるアシュヴィンに見つかったからだ。
そんな事を、考えてしまう。
だが、そんな考えもすぐに消えた。
「無事だったんだ……」
そう言いながら、千尋はボロボロと泣き出す。
泣いたかと思えば、今度は自分の部屋と戻っていく。
「何なんだ……。あいつは」
走った千尋の背中を、アシュヴィンは呆れながら見つめる。
そんな中不意に、先程のリブの言葉が過ぎった。
『殿下が小競り合いに巻き込まれたかもしれない、という話をしまして……
姫はそれを大層心配されてました』
『無事だったんだ……』
「!!」
その言葉と千尋の涙が、同時に浮かぶ。
千尋は、アシュヴィンの事を心配していた。
そしてアシュヴィンの事を今まで探していて、姿を見つけた時に安堵して泣き出した。
「俺は……あいつに心配されてたのか…?」
その事実に、アシュヴィンは酷く落胆した。
心配してくれた千尋を傷つけた。
他ならぬ自分が。
「くそっ…!!」
アシュヴィンは、すぐに千尋を追いかけていた。
千尋は、千尋なりにアシュヴィンを想っていた。
だが、アシュヴィンは千尋を想うどころか傷つけてしまった。
その事を深く後悔し、千尋の元へと急いでいた。
(俺はあいつに……笑っていてほしいのに…)
閉ざされてた天岩戸は、何とかして開かれた。
だが、その目はやはり赤かった。
それでも千尋はアシュヴィンに笑いかける。
「約束、必ず守ってね」
「ああ」
(参った……な。これは)
良くも悪くも、目の前の少女に振り回されている。
そしてそんな自分が、嫌ではない。
「…お休みなさい」
「お休み」
そしてその言葉がずっと聞くことが出来ればいいのに ……。
だが今は……あの笑顔を守る事だけを考えよう…。。
そんな事を考えながら、アシュヴィンは部屋へと戻った。
~fin~
ED後。ある日の二人の休日。
それは、ある昼の出来事。
「ねえ、アシュヴィン」
「何だ、千尋」
「この体勢……つらくないの?」
「別に、たまにはな……」
「でも……やっぱり起きる!!」
しかしそれは叶わず、アシュヴィンの手によって防がれる。
「ちょ……、アシュヴィン!!」
「俺の楽しみをとるな」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
千尋は下から、アシュヴィンを軽く睨む。
アシュヴィンには、まったく効果がなく楽しんでいる。
「大体何をそんなに恥ずかしがる?」
「だって……」
「いつもお前がやってることだろうが」
「それは私がアシュヴィンに……でしょ?」
「だから、たまには俺からもいいだろう」
「よくない!!恥ずかしいもの……。膝枕なんて」
それはまだ数時間前。
2人で食事を取っていた時の事。
「千尋?眠いのか」
「んー。そうじゃないんだけど……」
千尋はそう言うが、半分は意識を手放しそうになっている。
きっと横になったら、すぐに寝てしまうだろう。
「だったら、少しは横になったらどうだ」
「でも、せっかくのお休みなのに……」
「休息を取る事も必要だろう。いつもお前が言ってることだ」
「けど……」
「千尋」
休もうとしない千尋に、アシュヴィンは少し強めで名を呼ぶ。
「だって、もっと……アシュヴィンと…一緒にいたいのに…」
途切れ途切れになってしまっているが、それはアシュヴィンにとって予想外だった。
「まったくお前は……」
アシュヴィンは観念したかのように、千尋を抱き上げた。
「っ!!…アシュヴィン!!」
千尋が抗議をする間もなく、アシュヴィンはベッドへと千尋を運んだ。
「いいから、少し寝ておけ」
「アシュヴィンは?」
不安そうに見つめる千尋に、アシュヴィンは少し笑う。
「心配しなくてもここにいる」
「ん……」
その言葉に安心したかのように、千尋はすぐに目を閉じた。
そして次に目が覚めた時に、千尋は驚いた。
気がつけば、千尋はアシュヴィンに膝枕をされていたから。
「もー。いい加減起こしてよ」
「たまにはこういうのも、新鮮だろう」
「でも、ずっとこうしてたら、アシュヴィンだってつらいでしょ」
だから起こしてと、千尋は言うが、アシュヴィンはやめる気がない。
「お前だって疲れているだろう。もう少し休め」
「こんな状態じゃ、無理だよっっ」
「俺はお前の寝顔を見るだけで、癒されるがな」
「え…」
「お前は幸せそうに……眠るから」
アシュヴィンの言葉は、千尋にとって意外だった。
まさか、自分の寝顔をそんな風に見られていたとは…。
「……だったら」
「!!!」
千尋は少し身体を起こして、アシュヴィンの手を引っ張った。
突然の事に対処できなかったアシュヴィンは、そのまま千尋と共に横になる。
「お前な……」
「一緒に寝よ」
驚くアシュヴィンに、千尋は意地悪く笑う。
「……わかった」
千尋の言葉に負け、アシュヴィンもまた眠ることにした。
隣にある温もり感じながら……。
~fin~
「咲き乱れた花になる」の直後のお話。アシュヴィンから逃げる千尋は…。
――今まで知らなかった感覚……。
それを知った時、私はどうしていいかわからなかった……。
その日は、朝から皇が駆け足で移動していた。
アシュヴィンが1人の采女に声をかける。
「おい、千尋知らないか?」
「いえ……先程は見かけたんですが……」
「あいつ、どこに行ったんだ…」
「多分、遠くには出かけてないとは思うんですが……」
「わかった」
アシュヴィンはそのまま再び、歩き出した。
(朝からどこに行ったんだ)
アシュヴィンは朝からずっと、千尋を探し続けていた。
一度も見かける事はなく、采女たちも知らないほどだった。
それがアシュヴィンには気にかかっていた。
「はぁーーー」
一方の千尋は、近くの野原で横になっていた。
「私……、何やってるんだろ」
千尋は朝から宮を抜け出してきた。
それは心は静まることなく、落ち込んでいた。
「でも……、アシュヴィンと顔を合わせられない……」
特にアシュヴィンと喧嘩をした訳ではない。
ただ一方的に、千尋がアシュヴィンから逃げているのだ。
「…どうしよう……」
千尋は大きく息を吐いた。
あの日から、千尋は自分が冷静でいられなくなった……。
アシュヴィンと会えば動揺して、どうしていいかわからなくなる。
恥ずかしくて、逃げ出したくなる。
「…馬鹿みたい。私…」
―――アシュヴィンに心配をかけて、それでも何も出来なくて……。
「ほんとにな」
「!!」
千尋の思考を遮ったのは、今考えていた相手だった。
その声に応じて、千尋は身体を起こす。
千尋が起きた先には、アシュヴィンがいた。
「あ……アシュヴィン…」
「全く探したぞ。誰にも言わず1人で出かけるとは……」
千尋に近づいてくるアシュヴィンに、千尋は反射的に後ろへと下がる。
「何故逃げる?」
「逃げてなんか…」
「嘘つけ。お前、朝からずっと俺から逃げてるだろう」
「…っ!!」
千尋はアシュヴィンの言葉に黙ってしまう。
それは『肯定』と同じ意味だった。
「千尋……。どうした?何故俺を避ける」
「それは……」
「結構、俺はお前に逃げられると堪えるんだが……」
「……」
気がつけば、アシュヴィンは千尋の目の前まで来ていた。
千尋は逃げずに固まっている。
「俺が何かしたのなら詫びるから、理由を聞かせてもらえないか…?」
どこまでも優しいアシュヴィンの声。
その心地よさに千尋は、甘えたくなる。
「それとも……この間の事を怒ってるのか?」
「!!」
その言葉に千尋は覚醒し、顔が紅くなる。
アシュヴィンはそんな千尋の様子から、逃げた理由がこれだと思った。
「無理をさせたのは……悪かったが……。それとも嫌になったのか?」
「……」
「俺に抱かれるのは」
「!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋は何も言えなくなる。
だが、それはどうしても伝えなくてはならない。
千尋は小さい声で、アシュヴィンに訴える。
「ちが……違うの…」
「なら…何だ?」
アシュヴィンは優しい声で、再び語りかけてくる。
千尋が言うまで、何時まででも待つつもりだろう。
それが千尋には、よくわかった。
「は……」
「は?」
「恥ずかしかったの……。あれからアシュヴィンと会うと、どうしていいかわからなくなって……」
――あの日、アシュヴィンに触れられた夜。
アシュヴィンの優しさが、とても嬉しかった。
幸せだと思った。
けど、アシュヴィンによって翻弄される自分は、今まで知らなかった感覚。
そんな自分を知って、アシュヴィンに嫌われるかと思った。
それと同時に、恥ずかしくて仕方がなかった。
アシュヴィンを知って、前よりも好きになっていたから……。
「恥ずかしくてどうしていいかわからなくて……。アシュヴィンに会うと、冷静になれなかったの」
「…………………」
千尋の言葉にアシュヴィンは……。
「くっ……!!」
「なっ!!」
アシュヴィンは急に笑い出した。
「何で笑うの!!」
「いや……。俺はてっきりお前に嫌われたかと思ってさ。だが……」
「!!」
アシュヴィンは千尋を引き寄せ、自分の腕の中へと導いていく。
「その言葉は、俺への愛の告白として受け取ってもいいのだろう?」
「…なっ!!」
「だってそうだろう?俺と会って冷静になれないのは、俺の事が好きだという証だ」
「!!」
「違うのか?千尋」
「違わない……」
アシュヴィンの余裕の笑みが今の千尋には、憎くて仕方がない。
千尋は恨みがましく、アシュヴィンを見つめる。
「お前が嫌なら、俺も触れるのはやめる。また、逃げられてはかなわないからな」
「……」
「千尋」
アシュヴィンはずるいと思った。。
いつもそうやって、千尋に逃げ道を作ってくれる。
悪いのは逃げていた千尋の筈なのに、それを責めずに優しく問いかけてくる。
その優しさが、千尋には嬉しい。
「やめないで…。アシュヴィン……、もっと触れて?」
「ああ。そうさせてもらう」
アシュヴィンはその言葉通りに、千尋に口付けていた。
「俺はお前がいないと、仕事も出来ないらしい」
「!!」
「覚悟しろよ。千尋」
「え……ええ?」
アシュヴィンの言葉に、千尋は戸惑うしかなかった。
~fin~
「その想いの果てに」「愛を知ったその先に」の続き。完結編。
―――答えはきっと、ただ一つ。
「き……来てしまった」
夜がさらに更けた頃、千尋は再びアシュヴィンの部屋の前へと来ていた。
ほんの数時間前までは、すぐにノックする事が出来た。
だが今は、それすらも出来ない。
「ダメだわ。それでは来た意味がない」
千尋は大きく深呼吸をして、そのままノックをした。
―――コンコンッ。
「何だ。今頃」
アシュヴィンは、未だ眠れずにいた。
千尋が訪ねて来る前も千尋の事を考えて。
部屋に送った後も千尋の事を考えていた。
会えた事で、苛つきは治まったものの、逆に募ったのは愛しさ。
その笑顔を見るだけで、自分の想いが癒されていく。
そんなことを考えながら、アシュヴィンは起きていた。
深夜の訪問者に驚きながらも、急用かと思い、その身を起こした。
その扉を開けると、アシュヴィンは息を呑んだ。
「……一体なん…だ。……千尋」
そこにいたのは、先程部屋まで送った妻がいた。
「え…と。来ちゃった」
「来ちゃったって、お前……」
流石のアシュヴィンも驚きを隠せない。
訪問者が千尋であった事と、先程の事もある。
一体、千尋は何しに来たのだろうか…?
「とりあえず、入れ。もう夜も遅いからな」
「うん……」
遅い時間に話をしているとわかれば、臣下たちに迷惑になる。
仕方なしに、アシュヴィンは千尋を部屋へと招きいれた。
「で。どうした?」
「え…と」
「何かあってまた来たのだろう?」
「うん……。そうなんだけど」
アシュヴィンのベッドに腰掛けている千尋は、先程から俯いている。
何か言いたそうだが、それを伝え切れずにいた。
「千尋?」
アシュヴィンとしては、早く決着をつけて欲しいところだ。
この状況がアシュヴィンとしては、まずい。
夜に寝室に2人きり。
その傍らにいるのは、愛する妻。
その状況だけで、アシュヴィンはどうにかなりそうだ。
はっきりしない千尋に、アシュヴィンが切り出した。
「千尋。先程俺が言った意味、わかってるんだろう」
「……うん」
「なら、何故ここに来た?」
「あの、あのね」
「ん?」
「……っ」
「落ち着け。ゆっくりでいい」
アシュヴィンは千尋を怖がらせないため、少しでも優しく努める。
そのアシュヴィンに優しい微笑みに、千尋は泣きそうになった。
千尋はアシュヴィンの服の裾を掴み、ようやく口に出した。
「私、アシュヴィンの事、好きだよ」
「………何だ、急に…。って何泣いてるんだ!!」
「だって……私…。私……何もわかってなかったから……」
「千尋…?」
「アシュヴィンが望んでた事、ちゃんとわかってなくて。私が子供だったから……」
泣き出してしまった千尋に、アシュヴィンはそっと抱きしめた。
「だから、待つって言ったんだろ。お前の気持ちがそうなるまでな」
「……!」
アシュヴィンは再び、千尋に優しい。
その優しさが千尋にとっては、悲しくなってくる。
自分がこんなにも彼に気を遣わせていた事に。
「アシュヴィン……」
「!!……千尋っ」
千尋はその名を呼び、そっと唇を重ねた。
それは珍しい千尋からの口付け。
その行動にアシュヴィンは動揺した。
その様子を見て、千尋の心も少し和んだ。
「ば…馬鹿。何で今こんなこと……」
「したかったから……だよ」
「千尋?」
「今、アシュヴィンと……したいって……思ってるんだよ」
ようやくアシュヴィンはわかった。
千尋がここに来た理由を。
「はーーーーーーーーーーーー」
アシュヴィンは深い息を吐いた。
「あ、アシュヴィン?」
「お前な。そんな事言われたら……」
「言われたら?」
「止まらなくなる」
「!!…んっ」
アシュヴィンは千尋の身体を引き寄せると、すぐに口を塞いだ。
先程の千尋の口付けとは違い、深いもので。
「んっ……。ぅ……」
その激しい口付けは千尋の力を奪っていく。
―――トサッ。
気がつけば、千尋はベッドへと押し倒されていた。
千尋が見上げる先には、アシュヴィンの顔。
千尋の顔の脇には、アシュヴィンの手があった。
それはまるで、逃がさないとでも言うような。
「アシュヴィン?」
「もう一度だけ聞く。逃げるなら今だぞ」
「……逃げないよ。だから…」
今でも、千尋に逃げ道を作ってくれるアシュヴィンが優しい。
それでも、千尋は目を逸らさずに、自分からアシュヴィンの首に腕を絡ませた。
「あなたの事、教えて」
「わかった」
アシュヴィンは、それに応えるかのようにそっと口付けていた。
「っ……」
その口付けの中で、アシュヴィンは千尋の服を脱がせていく。
「あ……っ。ん……」
羞恥に声を出そうとすれば、その唇で塞がれる。
千尋の些細な抵抗もアシュヴィンには、堪えない。
「どうした?」
「は……恥ずかしいから……。見ないで」
恥ずかしさからか、どうしても言わずにはいられない。
アシュヴィンはそんな千尋には、余裕の表情で笑う。
「無理だな。もっと、よく見たい」
「っっ!!!」
「こんなに綺麗なのだからな……」
「嘘……」
「嘘じゃない。この白い肌も、この身体も、それにお前の顔が紅く染まるのも……全部見たい」
「!!」
月明かりの中で、アシュヴィンの前に全てさらけ出していた。
その千尋の全てをアシュヴィンは、優しく触れる。
「千尋…」
「………っ!!」
アシュヴィンの熱が、千尋を溶かしていく。
千尋はその熱に耐えながらも、アシュヴィンの声を聞いた。
「千尋。愛してる」
「……っ」
千尋は何も言えずに、代わりに涙だけが流れた。
その涙をアシュヴィンが優しく拭う。
その動作にまた、泣きたくなった。
覚えているのは、アシュヴィンの熱さと痛みと、優しい声だけだった。
「……んっ」
千尋は、窓から差し込む陽射しで目が覚めた。
瞼が少し重いのと、身体がだるく感じる。
「……っ!!」
千尋はその光景に思わず、叫びそうになった。
目の前には眠っているアシュヴィンの顔。
身体はアシュヴィンによって、拘束されている。
そして2人とも裸のままだった。
それにより、昨夜の事が鮮烈に思い出されていく。
(そうだ…!!私、アシュヴィンと……)
アシュヴィンに抱かれて、解放されたのはいつだったかも覚えていない。
気がつけば、アシュヴィンに全てを委ねていた。
(思い出すと、私とんでもない事言った気がするし……)
その光景を思い出すだけで、千尋の身体が熱くなっていく気がする。
(それにしても……整った顔……だな)
千尋は隣に眠るアシュヴィンの顔を、改めて見た。
その目は閉じられていて、眠っている姿でさえ見惚れてしまう。
(何か、得した気分!!)
こんなアシュヴィンを知っているのは、千尋だけだ。
その事実に自然と顔が綻ぶ。
「あっ。でも、今日も仕事だっけ。起きないとまずいかも……」
それどころか、自分の部屋は今は誰もいない。
采女が探しに来て、こんな姿を見られたら……。
「起きなきゃ…」
千尋はアシュヴィンの腕から何とか逃れ、その場から離れようとする。
だが……。
「ひゃ……」
その手は急にベッドへと引き戻された。
「一人で勝手に起きようとするは、随分冷たいんだな」
「あ……アシュヴィン!!起きてたの? 」
「隣で動いてれば、自然と起きるだろう。それに急に温もりがなくなったしな」
その温もりを手放さないために、アシュヴィンは力を込める。
「アシュヴィンっ。ダメだよ。もうすく采女が来ちゃうし、私の部屋も私がいないから探しちゃうし」
「大丈夫だろう」
慌てないアシュヴィンに、千尋は焦る。
「何でよーー」
「半刻前、リブに伝えたしな」
「え……」
「お前が眠ってた頃、リブが声をかけてきた。もちろん扉越しでな。内容はお前の行方だ」
「そ……それって」
「とっくに、お前が部屋にいないのが采女に知れて、リブに聞いたんだろうな。リブはその辺は察しがいいから、扉越しで聞いてきた」
「皆に、バレてるってこと?」
「そういうことだ。夫婦でいるのがわかって、邪魔する奴はいないだろう……それに」
アシュヴィンは、不敵に笑う。
「それに?」
「それに、まだ足りないんだが」
「!!」
「今日はせっかく2人とも休みにした事だしな」
「ちょ……。私は無理だからね」
アシュヴィンの言葉に、千尋は慌てる。
流石にこれ以上は千尋の身体が持たない。
そんな千尋を見て、アシュヴィンは笑う。
「……っ。からかったの!!」
「いや、俺としてはどっちでもいいんだが。そういう反応が面白くてな」
「もーーーー」
「悪かった。機嫌直せ」
これ以上、からかうと喧嘩になりかねない。
「でも、休みは本当だ。だから、のんびりするか。2人で」
「そうだね」
アシュヴィンはジッと、千尋の顔を見つめる。
「アシュヴィン?」
「いや、朝起きて一番に見るのがお前だといいと思ってな」
「あ……」
「その顔と……それに身体もな」
「…っ!!」
千尋は自分の姿が未だ裸だという事を、ようやく思い出した。
「馬鹿ーーっ」
千尋は掛けていた布団の中へと潜り込んで、身を隠す。
「今更……。昨日はあんなに」
「それ以上言ったら怒るよ!!」
アシュヴィンはそれ以上何も言わなかったが、笑っているのがわかる。
それに応じて、千尋は拗ねるばかりだ。
「俺が悪かったから、出て来てくれ。これだと口付けも出来ない」
「もー知らない!!」
「千尋……」
本当はもっと怒っていたいが、場所が場所だけに諦める。
「…………もっと、優しくしてくれたら」
「わかった。約束する」
「本当に?」
「ああ」
その声に負けて、千尋は顔を出した。
結局はアシュヴィンには弱いのだ。
「それにまだ言ってないだろう」
「?」
「おはよう、千尋」
「あ…。おはよう……アシュヴィン
千尋は朝の挨拶を交わせた事に、嬉しさを感じた。
2人の1日はまだこれから、始まる……。
~fin~
「その想いの果てに」の続き。千尋サイド。
―――結局、何もわかっていなかった。
「……はぁ…」
夜も更けた頃…。
千尋は1人、ベッドの上で息を吐いた。
先程までは、アシュヴィンと一緒にいた。
今まで忙しくて会えずにいた、アシュヴィンに会いに行った。
けれど……。
会う事は出来た。
だが、すぐに部屋に戻されてしまった。
『こんな夜遅くに訪ねて来るなんて、何されても文句は言えない』
そう、アシュヴィンが千尋に言った。
その事が千尋の頭から離れずにいる。
今まで考えなかった訳ではない。
アシュヴィンが千尋に望んでいる事。
求めている事。
実際、夫婦なのだからあって当然なのだ。
だが、アシュヴィンはそれをしなかった。
アシュヴィンは大人で、優しいからだ。
千尋は、子供でわかっていなかった。
「やっぱり、子供だ……。私…」
その事実に千尋は泣きたくなった。
―――アシュヴィンは、いつも私を気にかけてくれる。
結婚したばかりの頃、すれ違っていた時。
部屋にこもった千尋に、アシュヴィンはこう言った。
『俺は、いつもお前のことを考える』
その言葉通りに、アシュヴィンは千尋の事を大切に扱っていた。
それはとても、優しく。
甘い言葉も仕草も全て。
それに引き換え、千尋はアシュヴィンの望むものを何一つ返せていない気がした。
「私は、どうなの?ちゃんと……アシュヴィンに応えたいと思ってる?」
――アシュヴィンの事は、好き。
初めて会った時から、惹かれていた気がする。
その答えにたどり着くまでに時間がかかったけれど。
アシュヴィンの言葉に、笑顔にドキドキして…。
触れてくれるだけで、嬉しいと思う。
そうされると、ますますアシュヴィンが好きになって……。
「でも……怖いのかな」
それは千尋にとっては、未知の体験だ。
怖いし、どうしていいかわからない。
けれど…。
「それじゃ、ダメなんだ!!」
千尋は再び部屋を出て、アシュヴィンの部屋へと向かった。
~fin~
ED後。アシュヴィンが想い悩む事とは…。
「陛下、何やら機嫌が悪いみたいですが」
「言うな。リブ」
「大体予想はつきますがね」
「…………………」
リブの言葉に、アシュヴィンは黙るしかない。
先程から、アシュヴィンは少し苛ついていた。
最近、以前よりも仕事が多忙になっている気がする。
それは気のせいではなく、国との取引、国の建て直し、国民の生活。
考える事は山ほどあり、減る事はない。
朝早い時や夜が遅い時もあり、不規則な生活を強いられている。
それは、アシュヴィンも十分に分かっている。
だが……。
「最近、妃様とお会いしていないからお寂しいんですか?」
「はっきりと言うな、リブ」
リブの言葉は正しく、それはアシュヴィンの心を更に重くした。
互いが忙しく、生活が不規則だ。
それに伴い、夫婦の時間は減っていく。
おかげで同じ宮にいるはずなのに、千尋に会えないままで一日は終わる。
仕事が終わり、夜遅く会いに行っても千尋を気遣ってしまい、部屋に戻ってしまう。
そして、それともう一つ理由がある。
「くだらないことを言ってないで、仕事を続けるぞ」
「はい、わかりました」
リブが持ってくる仕事に追われながら、今日も一日が過ぎていく。
「今日はこれで終わったか……」
アシュヴィンはようやく一息ついた。
だが、外の景色は暗い。
それは、夜を知らせる。
「今日も会いに行けなかったか」
アシュヴィンはそう思いながら、自室で身体を落ち着ける。
「……はぁ」
溜息を吐くと同時に、目を閉じる。
その意識の中には、記憶の中の千尋がいた。
(もうどれだけ、顔を見てないんだ)
本当は記憶ではなく、ちゃんと会いたい。
声が聞きたい。
笑顔が見たい。
触れたい。
抱きしめて…、それから。
「――――っ!!」
アシュヴィンは思い浮かべた事を、すぐさま消した。
「馬鹿馬鹿しい」
本当は、千尋を自分のものにしたい。
その身体に、触れて、自分の手で滅茶苦茶にしたいのに。
千尋に会えば、その理性が脆く崩れそうな気がした。
夜遅くに会えば、尚更。
千尋が欲しくなる。
「今までこんな事は、なかった」
1人の女に振り回されているなんて、皇が情けない。
「それでも、会いたいなんてな」
―――コンコンッ。
扉をノックする音が聞こえた。
「?」
(リブか?)
アシュヴィンが不意にそう思い、扉に近づいていく。
だが、そこにいたのは…………。
「千尋」
「来ちゃった」
笑顔で立っている千尋がそこにいた。
「何で、ココに?夜這いか」
「!!!ば、馬鹿!!アシュヴィンに会いに来たに決まってるでしょ!!」
「俺に?」
「だって、最近会えないからこうして会いに来たの」
「お前が俺の部屋に来るなんて、珍しいな」
いつもは殆ど、アシュヴィンが千尋に会いに行く。
「アシュヴィンが……」
「俺が?」
「疲れてると思って…。だから会いに行くと余計に疲れちゃうと思って」
「……………………………」
それは先程まで、アシュヴィンが考えていた事と同じ事だった。
「アシュヴィン?やっぱり疲れてるの?」
「いや……」
千尋はアシュヴィンがとどまっている事でも、軽く乗り越えてしまう。
「千尋……」
「ひゃっ……」
アシュヴィンは千尋に触れ、その身体を抱きしめていた。
その小柄な温もりは、恋焦がれていたものだ。
「どうしたの?急に……」
「お前は本当に予想もつかないことをする」
「アシュヴィン……」
「………部屋まで送る」
「え?何で急に……」
アシュヴィンの言葉は千尋にとって、思いもがけない言葉だった。
「こんな夜遅くに訪ねて来るなんて、何されても文句は言えないぞ」
「……っ」
その言葉でわからないほど、千尋も鈍くはない。
「わかったらとっとと戻るぞ」
「……っ。でも、私…」
「千尋?」
「もう少し、一緒にいたい。アシュヴィンと」
「………………」
その言葉は、きっと千尋にとって純粋な願い。
本当にアシュヴィンと一緒いにいたいという、願いだった。
無垢であり、純粋。
それが千尋だった。
「仕方ない。もう少し、お前に付き合ってやるよ」
「アシュヴィン……」
「ほら行くぞ」
「待ってよっ」
アシュヴィンは、千尋の部屋へと向かい歩き出していく。
その後に、すぐさま千尋が追いかける。
「ごめんね……、アシュヴィン」
「何で、謝る?」
「え……と」
千尋は何と言っていいかわからず、俯いてしまう。
「もう少し、待ってやるから」
「うん……」
アシュヴィンの言葉に、千尋は頷く事しか出来なかった。
ED後。ある夜、千尋が思う事は…。
それは暑い日の夜。
千尋はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「何か、面白いものでもあるのか?」
「アシュヴィン……」
そんな妻の様子にいち早く気づくのは、夫であるアシュヴィンだ。
「うーーーん。ちょっと思い出しちゃって」
「何をだ」
「向こうにいた世界の事」
「向こうの……?」
千尋に以前に聞いていた話がある。
千尋が5年もの間、豊葦原とは違う別の世界にいたことを。
「うん……。こういう暑い時期のある日の夜にお話があってね」
「ほう……」
千尋の話に、アシュヴィンも耳を傾ける。
「年に1度だけ、会う事を許された恋人同士のお話」
「1度?何でだ」
「えーーと。織姫のお父さんに離れ離れにされて、好きな人に会う事を禁止されたの。
でも1年の決まった日の夜だけ、会う事を許されて……」
「その日が終わったら、また会えなくなるのか」
「うん……。また1年後の同じ日にならないと会えないの……」
「それはまた…、すごい話だな」
「でも、そのお話にあった星が空に輝くから、みんなでそれぞれお願い事をするんだよ」
「それは叶うのか……?」
「うん。そういう日なら、些細なことでも叶いそうでしょ?」
笑顔で語る千尋にアシュヴィンは呆れた。
「途方もない話だな」
「もーー。夢がないんだから」
拗ねてしまった千尋に、アシュヴィンが外の空を見上げる。
「俺ならごめんだな」
「え?」
「願うよりも自分の力で叶える方が効果的だ」
「そう言うと思った」
「そうか」
アシュヴィンはその言葉通りにしてしまう『力』を、持っている。
願うだけでなく、その願いを実現させてしまう『力』が。
「でも……さ」
「?」
「私はこうしてアシュヴィンと毎日いる事が出来て……、やっぱり嬉しい……かも」
「………………………………」
思いもがけない千尋の言葉に、アシュヴィンは固まる。
「きっともう、ずっと会えないなんて耐えられないと思っ……んんっ」
気がつけば千尋の言葉は、アシュヴィンによって塞がれる。
「もう!!いきなり……何っ」
口付けから解放され、アシュヴィンの腕の中に千尋はおさまる。
「いや、お前からそんな言葉が聞けるなんてな」
「あっ……と」
千尋はようやく自分の言葉を自覚し、腕の中で紅くなる。
「俺も……」
「え……」
「もう俺は手放せない。きっと離れ離れになっても、無理やりでも会いに行くさ」
「アシュヴィン……」
アシュヴィンは千尋の顔を自分の方へと向ける。
「さて……と。一緒にいる俺たちは、今宵の逢瀬を楽しもうじゃないか」
「!!……馬鹿」
千尋は逃げようとせず、アシュヴィンの次の行動を待った。
程なくして、再び唇を重ねる。
その口付けはより、深いものとなっていた……。
想いを誓い合うように……。
~fin~
ED後。ある日、千尋は体調を崩してしまい…。
「ーーーっくしゅん!!」
「妃様?」
千尋のくしゃみに、采女が駆け寄ってくる。
「お風邪ですか?」
「違うよっ。ただくしゃみが出ただけで」
「でも……」
「大丈夫!!」
千尋は、安心させるために笑う。
「今日も仕事が忙しいから休んでられないよ」
千尋は今日も仕事を始めることにした。
「…………………」
「妃様?」
「あ、ごめん」
「どうかされのですか?何度も呼んでいたのですが」
「えーーと、ごめんなさい」
何度か文官が声をかけていたらしい。
だが、千尋は少しボーッとしていた。
(何かちょっと、寒気がするかも……)
身体も少し熱く感じる。
朝のくしゃみ通りに、千尋は風邪を引いたらしい。
(でも、仕事はまだ沢山あるし…)
休んでしまっては、色んな人に迷惑がかかる。
そう思い、千尋は再び仕事に取り掛かる。
だが……。
「あ……あれ?」
急に千尋にめまいが襲い、その場に崩れ落ちた。
「妃様!」
千尋は遠くで文官の声を聞きながら、目を閉じた。
「あ……あれ?」
千尋が目を開けると、そこには自室の天井だった。
「私…?」
「お倒れになったんですよ、妃様。だからあれほど言ったのに…」
「う…」
開口一番に言われたのは、采女のからの説教だった。
「やっぱり、お風邪と疲れみたいですね」
「ごめんなさい……」
千尋は素直に謝るしかなかった。
「一応、アシュヴィン様にも連絡を……」
采女は千尋の様子を確認してから、アシュヴィンに伝えようとしていた。
「待って。……アシュヴィンには伝えないで」
「どうしてですか?」
「アシュヴィンは……、忙しいから……。こんな事で迷惑をかけたくないの」
「妃様……」
国のために忙しいアシュヴィンに、余計な負担を増やしたくない。
「わかりました……。ではもう少しお休みください」
「うん……」
千尋は再び、眠りについた。
「だ、そうですよ。アシュヴィン様」
「………」
部屋の外には、アシュヴィンとリブがいた。
アシュヴィンは、文官からリブへといち早く伝達され、様子を見に来ていた。
「だから、もう少し様子を見たほうがいいと言ったのに」
「そうは言っても、来たかったんだから仕方がないだろう」
言い争う2人に、部屋から采女が出てきた。
「妃様は、落ち着いて休まれています」
「わかった。あとは俺がついてる」
当然のように言うアシュヴィンに、采女は驚いている。
「アシュヴィン様……それは」
「言い出したら、聞きませんから。この方は」
「そういうことだ。リブ、あとはお前に任せる」
「御意」
リブはその場から離れ、歩き出していた。
「では、何かあったらお呼びください」
「ああ…」
采女が頭を下げ、アシュヴィンは頷く。
アシュヴィンはそのまま、千尋が眠っている部屋へと入った。
「全くコイツは……」
千尋はすやすやと眠っているが、少し汗ばんでいる。
アシュヴィンはその汗を拭き取りながら、千尋の顔を見ていた。
「ん……」
千尋がふと目を開ける。
するとそこには……。
「起きたか」
「アシュヴィン!!な、何で」
驚きのあまり、千尋は身体を起こそうとするが、すぐに押し止められる。
「寝てろ。まだ、熱が高い」
「う……うん」
「文官たちがすぐに、俺に知らせてきたぞ」
「えーー。そうなの」
「ああ。だから様子を見に来た」
「ごめん。忙しいのに」
落ち込んで謝ってしまう千尋に、アシュヴィンは頭を撫でた。
「馬鹿だな。大事な妻が寝込んでるのに、来ないわけないだろ」
「アシュヴィン……ありがと」
その言葉に自然と嬉しくなってしまう。
「こういう時は、素直だな。お前は」
「そうかな……」
「ああ……」
アシュヴィンは優しく微笑み、千尋を見つめる。
(何か、得した気分)
思いもがけず、アシュヴィンといられて。
不謹慎だが、喜んでしまう。
「何か、してほしい事あるか?」
「アシュヴィンがそんな事を言うなんて……」
「お前、俺を何だと……。じゃあ、やめるか」
「あ、嘘です。ごめんなさい」
「で、何をしてほしい?」
千尋は少し考えて、それから……。
「手、繋いでてほしい……」
「ああ」
アシュヴィンはそっと、千尋の手を繋ぐ。
「しばらくこうしててね」
「ああ。離さないから安心しろ……」
「うん……」
「いつもこうして甘えてくれればいいのにな」
「? 何か言った?」
「何でもない」
千尋はその日、安心して休む事が出来た。
アシュヴィンの隣で……。
~fin~
ED後。ほんの些細な事で、喧嘩になってしまった2人は。
「もーーーー。アシュヴィンの馬鹿ーーーっ」
「おいっ。千尋!?」
千尋はアシュヴィンから逃げるように、自室へ駆け込む。
その後は、お得意の引き篭もりだ。
「マズッた……」
アシュヴィンは後悔するばかりだった……。
(アシュヴィンは何もわかってないんだからっ!!)
千尋は先ほどまでの事を、思い出していた。
「今日は出かけないか?千尋」
「え?」
それは忙しい合間の、アシュヴィンの誘い。
「ほんとに!!」
「ああ。たまにはな」
「うーーん」
千尋は思い巡らす。
(確かに、アシュヴィンと最近過ごせてないけど……でも…)
その忙しい中で、アシュヴィンは休養をあまり取ってはいない筈だ。
一緒にすごしたい反面、アシュヴィンに休養をとってほしい。
「どうした?駄目なのか?」
「でも、アシュヴィン。最近、少しも休めてないんじゃない?今は休養をとったほうが……」
心配する千尋をよそに、アシュヴィンは……。
「またか……。お前は心配すぎだ。俺はそんなことよりも……お前と」
「『そんなこと』じゃないの!!私は……」
アシュヴィンの言葉に、千尋はショックを受ける。
「~~~~っ」
「千尋?」
「もーーーー。アシュヴィンの馬鹿ーーーっ」
そう叫び、千尋は走り出していた。
(私はただ、アシュヴィンを心配してただけなのに……)
それを軽く受け止められてしまい、千尋としてはショックだ。
千尋はアシュヴィンの事が心配で堪らないのに。
―――コンコンッ。
「!!」
その音に千尋は、顔を上げる。
「千尋っ!!おい」
「……………………」
ノックをしているのは、当然アシュヴィンだった。
追いかけて貰って、千尋は不覚にも嬉しくなってしまう。
(だ……ダメダメッ!!私は怒ってるんだから!!)
「千尋……出て来い。俺が悪かったから」
「……………」
アシュヴィンの声に反応はない。
それは、千尋の怒りも大きいという事だ。
「悪かった、謝るよ」
「…………………」
「お前は俺の身体を気遣ったんだろう?それなのに……無神経な事を言って悪かった」
「……………………………」
「それでも俺は、お前と過ごす事が大事だったから…。一緒にいると気持ちが安らぐ」
「……………………………」
「だから、出てきてくれないか」
「………………………………」
アシュヴィンの声に一向に反応がない。
それでも構わなかった。
千尋が出てくるまで、いくらでも待つつもりだ。
―――キィィィ――――。
長くかかると思われた、その扉は意外にもすぐに開かれた。
「千尋……」
「アシュヴィン………わっ…」
千尋が扉を開けたと同時に、アシュヴィンはその腕を取った。
そして気がつけば、アシュヴィンの腕の中にいた。
「あ……あの…」
「すまなかったな。千尋」
「ううん。私もごめん。すぐに怒っちゃって」
ちゃんと話し合えば、こんな事にはならなかったのに。
「いいさ。お前が俺をそこまで想ってくれてるとわかって、嬉しいからな」
「うん……無理しないでね。一緒にいられるのは嬉しいけど、休みは取ってほしいから」
「そうだな……。今日は休むか」
「うん……。そうして?」
アシュヴィンは、千尋から身体を離した。
(自分で言っておいて、離れるとやっぱり寂しいかもっ)
「当然、お前も一緒だろ?」
「え?」
千尋が答える間もなく、アシュヴィンは千尋の身体を抱き上げた。
「ちょっ!!アシュヴィン!!」
「休むんだろう?2人でな。そうすれば、一緒にいられる」
「………うん」
千尋は顔を紅くしながらも、アシュヴィンの提案を受け入れた。
―――チュッ。
アシュヴィンがそっと、千尋のおでこにキスをする。
「これで仲直りだな」
「うん……」
千尋はアシュヴィンに身を任せ、アシュヴィンもまた歩き出していく。
部屋のドアは静かに閉じられた。
~fin~
笹百合イベント後。アシュヴィンの言葉が忘れられない千尋は…。
「もう……会わないほうがいいのかもしれんな」
「え……?」
アシュヴィンと笹百合を見て、天鳥船に送ってもらう。
その時の言葉だった。
千尋はその夜、眠る事が出来ない。
「何で……、アシュヴィンはあんなことを言ったんだろう……」
千尋に百合を挿すアシュヴィンの顔は、優しかった。
敵の皇子があんな風に接するだろうか?
それに。
『出来れば、戦場で死ぬ姿を見たくはない』
そう、彼は千尋に言った。
敵である千尋に。
「何で……」
千尋もまた、戦場では会いたくはない。
戦って、血を流す姿は見たくない。
「こんなこと、誰にも言えないな」
軍の将である千尋が言う言葉ではない。
言ってはいけない言葉だ。
「忘れなくちゃ……。アシュヴィンのことを。彼は、敵、なんだから」
そう口にするが、目を閉じればアシュヴィンの姿ばかり浮かぶ。
「………っ」
(私の感情は消さなきゃ……)
―――何で、私ががアシュヴィンのことばかり考えているんだろう?
―――何で、彼のことが、頭から離れないんだろう?
その問いに答える者はなく、代わりに千尋の目から涙が溢れる。
―――何で、私は泣いているの?
その答えは、わからないまま。
―――この涙もこの想いも、明日にはなくすから……。
―――だから…………今だけ。
―――今だけ………泣かせて。
千尋は願う。
その空には、星が瞬いていた。
紅く光る、一つの星が………。
それから…………。
アシュヴィンと再会した場所が、戦場である事を………。
千尋はまだ知らなかった。
~fin~
ED後。2人が出かけた先には…。
「アシュヴィン……」
「んー」
「いいのかなーー。まだお仕事残ってるのに」
「たまには休息も必要だろう」
「でも…………」
千尋とアシュヴィンは仕事を抜け出し、近くの山林まで来ていた。
2人は拓けた場所で、落ち着いてのんびりしていた。
アシュヴィンに至っては、横になっている。
「もーー。のんびりしすぎだよーー」
「せっかく2人でいるんだからいいだろ」
「アシュヴィン…………」
仕事を抜け出した罪悪感もあったが、一緒にいられて嬉しい気持ちの方が勝る。
「仕方ないなぁ」
「リブが何とかしてるだろ」
「でも……この状態……………」
「ん?」
アシュヴィンは横になっているが、頭は千尋の膝の上。
千尋に膝枕をされている状態だった。
「何か恥ずかしいというか……」
「そうか。俺はまったく気にならないが」
「気になるよ~~」
千尋はそうは言うものの、嫌ではない。
嫌だったら特に逃げ出している。
「こうして過ごせるのも、今が平和だからだろ」
「そう…だよね」
空を見上げると、青空が澄み渡っている。
「少し前までは考えられなかったね」
「ああ……」
こうしてのんびりと過ごすことも。
2人で一緒にいることも。
必死に戦ってきて。
敵同士だった2人。
それが今では……。
「アシュヴィン?」
急に静かになったアシュヴィンに声をかける。
すると…。
「すぅーーー」
「寝てる」
陽射しの暖かさから、アシュヴィンは気持ちよさそうに眠っている。
「もーーー」
寝てしまったアシュヴィンを、恨めしげに見つめる。
一向に起きる気配はなく、千尋はその様子を観察していた。
(やっぱり疲れてるのかな)
平和になったとしても、仕事は山積みだ。
日々忙しい中、アシュヴィンは殆ど休んではいない。
「しょうがない……か」
せっかくの機会なので、千尋はアシュヴィンの顔をじっと見つめる。
(こうして見ると、整った顔だな。綺麗というか)
男の人に綺麗などと言ったら、アシュヴィンは怒るだろう。
でも、アシュヴィンはその容姿からも、行動からも人を惹きつける。
そのため、アシュヴィンを慕う者は多い。
千尋もその中の1人だ。
「何か、得した気分」
今は、そんなアシュヴィンを独占できる。
アシュヴィンは無防備に、自分の傍で寝ている。
「少しでも癒せればいいな……」
――アシュヴィンの疲れも苦しみも、全部癒せればいい。
傍にいてそれが出来ればいい…。
そう千尋は思っていた。
千尋はずっとそのまま、アシュヴィンを見つめてのんびりと過ごす。
アシュヴィンが目を覚ますまで……。
2人の休息は静かに過ぎていく。
~fin~
「んー」
「いいのかなーー。まだお仕事残ってるのに」
「たまには休息も必要だろう」
「でも…………」
千尋とアシュヴィンは仕事を抜け出し、近くの山林まで来ていた。
2人は拓けた場所で、落ち着いてのんびりしていた。
アシュヴィンに至っては、横になっている。
「もーー。のんびりしすぎだよーー」
「せっかく2人でいるんだからいいだろ」
「アシュヴィン…………」
仕事を抜け出した罪悪感もあったが、一緒にいられて嬉しい気持ちの方が勝る。
「仕方ないなぁ」
「リブが何とかしてるだろ」
「でも……この状態……………」
「ん?」
アシュヴィンは横になっているが、頭は千尋の膝の上。
千尋に膝枕をされている状態だった。
「何か恥ずかしいというか……」
「そうか。俺はまったく気にならないが」
「気になるよ~~」
千尋はそうは言うものの、嫌ではない。
嫌だったら特に逃げ出している。
「こうして過ごせるのも、今が平和だからだろ」
「そう…だよね」
空を見上げると、青空が澄み渡っている。
「少し前までは考えられなかったね」
「ああ……」
こうしてのんびりと過ごすことも。
2人で一緒にいることも。
必死に戦ってきて。
敵同士だった2人。
それが今では……。
「アシュヴィン?」
急に静かになったアシュヴィンに声をかける。
すると…。
「すぅーーー」
「寝てる」
陽射しの暖かさから、アシュヴィンは気持ちよさそうに眠っている。
「もーーー」
寝てしまったアシュヴィンを、恨めしげに見つめる。
一向に起きる気配はなく、千尋はその様子を観察していた。
(やっぱり疲れてるのかな)
平和になったとしても、仕事は山積みだ。
日々忙しい中、アシュヴィンは殆ど休んではいない。
「しょうがない……か」
せっかくの機会なので、千尋はアシュヴィンの顔をじっと見つめる。
(こうして見ると、整った顔だな。綺麗というか)
男の人に綺麗などと言ったら、アシュヴィンは怒るだろう。
でも、アシュヴィンはその容姿からも、行動からも人を惹きつける。
そのため、アシュヴィンを慕う者は多い。
千尋もその中の1人だ。
「何か、得した気分」
今は、そんなアシュヴィンを独占できる。
アシュヴィンは無防備に、自分の傍で寝ている。
「少しでも癒せればいいな……」
――アシュヴィンの疲れも苦しみも、全部癒せればいい。
傍にいてそれが出来ればいい…。
そう千尋は思っていた。
千尋はずっとそのまま、アシュヴィンを見つめてのんびりと過ごす。
アシュヴィンが目を覚ますまで……。
2人の休息は静かに過ぎていく。
~fin~
ED後。千尋の視線の先には…。
「何だよ、千尋」
「え?」
「気がついてないと思ったのか?何か言いたげでこっち見てただろう?」
アシュヴィンの背中から、先程から視線が刺さっていた。
それの相手は千尋。
千尋は何も言わずにただ見ている。
アシュヴィンは当然それに気づいていた。
「いや、大したことないんだけど」
「けど?」
「アシュヴィンって髪長いなって」
「は?」
千尋の突然の言葉に、アシュヴィンは呆然となる。
「何かさ。改めてみると結構長いよね」
「そうか?そんなの今まで気にしたこともない」
「そうなの?」
「男と女じゃ違うんじゃないのか?」
「そういうものなのかな……」
「それに……」
アシュヴィンは千尋の頭を撫でた。
「?」
「お前はあの時、自分で切ったしな」
千尋は襲われた時に、断ち切るために自分の手で髪を切った。
「あれは、あの方法しか浮かばなかったんだもん」
「女は髪を切るだけでも、結構重要だろ」
「そうだけど……、アシュヴィンは髪の長い人の方がいいの?」
そう言って、千尋は落ち込む。
今の自分の髪は肩にすら届かないほど短い。
そんな千尋にアシュヴィンは笑う。
「いや。千尋だったらどっちでもいいけどな。ただ……」
「ただ?」
「俺が見てみたかっただけだ」
アシュヴィンの言葉に千尋は首を傾げる。
「お前の髪が長い時なんて、俺は殆ど見てないからな」
「アシュヴィン………」
「長い髪のお前もさぞ、綺麗なんだろうなと思っただけだ」
「………」
「そこで照れるなよ」
「だって……アシュヴィンが…」
アシュヴィンの言葉で、千尋は気恥ずかしかった。
「でも、大丈夫だよ」
「千尋?」
「これからずっと一緒にいるんだから!!すぐに髪も伸びて、アシュヴィンに見せれるよ」
「………そうだな」
千尋の言葉に、アシュヴィンは嬉しくなるばかりだった。
髪の事よりも、ずっと一緒にいると言った千尋。
その一言がアシュヴィンにとって、嬉しい事だと千尋は気づいてないだろう。
「これからもずっとな」
「うん」
アシュヴィンはふと何かに気づく。
「でもそうしたら、他の男もお前に見惚れそうだな」
「もー、そんな訳ないでしょーー」
「お前はもう少し自覚しろ」
「?」
千尋はアシュヴィンに頭を小突かれたが、千尋は怪訝な表情のままだった。
~fin~
ED後。シャニと一緒にいる千尋をみて、アシュヴィンは…。
「あ、義姉様ーーーっ」
「シャニ」
千尋に気がついたシャニが、側に駆け寄ってきた。
シャニは千尋と出会ってから、ずっと千尋を慕っている。
それはアシュヴィンと結婚した今も変わらない。
シャニは今も念のために、療養中だった。
「義姉様。今日のお仕事は?」
「今日はもう終わり。一段落ついたところよ」
「じゃあ。今日はこれから僕に付き合ってよ」
「いいわよ」
「僕の部屋でお話しよ?」
「ええ」
「やっと、今日の仕事が片付いたな」
「お疲れ様です」
リブがいつも通り、お茶を用意してきた。
それを飲んで、アシュヴィンは落ち着く。
「千尋は?」
「妃様ですと、先程からシャニ様の所へ伺ったと聞いておりますが」
「シャニの所に?」
「ええ。シャニ様は大分、妃さまの事がお好きのようで」
「…………」
「明らかに、不機嫌になるのはやめてくださいますか」
「そんなことはない」
「もっと余裕を持たないと、妃様に飽きられますよ」
「……リブ」
アシュヴィンは誤魔化す様に、リブのお茶を飲んだ。
「………全くあいつは」
アシュヴィンは気がつくと、シャニの部屋まで来ていた。
千尋の迎えとシャニの顔が見たかったからだ。
――――コンコンッ。
「はーーーい。あ、兄様」
「よう、シャニ」
アシュヴィンに駆け寄ってくるシャニは、相変わらず元気そうだ。
「具合はどうだ?」
「もう、全然平気だよ。出雲でも大丈夫なのに」
「そうか。ま、一応な」
「アシュヴィン、迎えに来てくれたの?」
シャニに続いて、千尋も顔を出す。
「まあな。シャニの様子も気になったし」
「兄様と話すのも久しぶりだね。すっごい忙しいんだもん」
「一応皇だからな。融通が利かないんだ」
「でも、その分義姉様とお話出来て楽しかったよ」
シャニのその言葉を聞いて、アシュヴィンは複雑な気持ちになる。
「そっか。千尋世話をかけたな」
「ううん。私も楽しかったし」
「また、遊んでね。義姉様」
「うん」
「シャニは千尋が大分気に入ってるな」
「うん。だって、義姉様大好きだもん。兄様と結婚しなかったら、僕が結婚したかったくらいだよ」
「ほーーー。モテるな、千尋」
アシュヴィンの声のトーンが下がっているのは、気のせいだろうか?
「もーー。シャニーー」
「ははっ。じゃあ義姉様、兄様。お休みなさい」
「お休み、シャニ」
「ゆっくり休めよ」
「アシュヴィン、怒ってるの?」
「別に」
自室への帰り道、アシュヴィンは無言のままだ。
「さっきの気にしてるの?」
「いや」
(嘘だ。絶対気にしてる!!)
「もーーー。シャニはまだ子供だよ!シャニは女の人、大好きだし」
「お前な……。それでも面白くないんだよ。シャニだって、一応『男』なんだし」
「………………」
思いがけないアシュヴィンの嫉妬に、思わず顔が熱くなる。
こんな些細な事で、彼が自分を想っているとわかると、千尋は自然と嬉しくなる。
「アシュヴィン」
「何だよ」
千尋はアシュヴィンの手を握る。
「私は、アシュヴィンの奥さんなんだからね。それが何よりも幸せだよ」
「…………………………」
「アシュヴィン?」
何も返答がないアシュヴィンに、千尋は首を傾げる。
「お前って、すごいな」
「え…………?」
「そういうこと言われると、やっぱり嬉しいもんだ」
「そう?」
「ああ。おかげで怒りもおさまったしな」
千尋の言葉一つで、気分が浮上する自分は単純だ。
でも、そんな自分が嫌いじゃない、とアシュヴィンは思う。
「帰るか、俺の奥さん」
「うん」
言われた千尋も嬉しそうで、その顔につられてアシュヴィンも笑う。
2人は手をつないで、歩き出した。
~fin~
ED後、忙しいために、アシュヴィンと一緒にいられない千尋は…。
常世の国が平和になって、一ヶ月。
落ち着く間もなく、忙しい日々が続いていた。
「妃様、ここの場所はどうも人手が足りないようで」
「うーんと、すぐ手配してもらっていいですか?」
「かしこまりました」
「妃様」
「えーと」
千尋は臣下の者たちに、仕事に追いやられていた。
土地が元の美しい場所に戻ったとはいえ、今まで荒れて誰もいなかった。
そのため、何も施されていない。
人が住むにはまだ時間がかかりそうだった。
そんな場所がいくつもある。
それと同時に、今ある村の現状も見なければならない。
そして他の国とのやりとり。
とにかく仕事は山ずみだった。
それに伴い、アシュヴィンは外へと赴き、千尋は中で仕事をしている。
そんな日々が続いていた。
「ふぁーーー、終わったーーー」
一段落がついた頃には、もう日も暮れていた。
「お疲れ様でした。あとはまた明日に」
「うん、リブもお疲れ様」
「では、失礼します」
そう言うとリブは、部屋から出て行く。
「もう……、夜か」
千尋が窓の外を見ると、太陽は沈み、夜も更けてくる。
「そういえば、アシュヴィンはいつ帰ってくるのかしら?」
アシュヴィンが出かけてから、2日は経っている。
「最後に話したのいつだっけ……」
最近ではお互い忙しすぎて、話どころか顔を見ていない気がする。
「会いたい…な。やっぱり」
(本当はもっと一緒にいたい。でもそれはわがままだ)
今は自分の事よりも、国の事が優先。
わがままを言って、アシュヴィンを困らせたくない。
(寂しいと思ってしまうのは、まだ一緒にいる時間が少ないからかな<)/br>
出会ってからも、結婚してからも。
2人で過ごす時間は少ない。
それを寂しいと思っていても、口に出さずにいた。
「アシュヴィン……」
思わずその名を呼ぶ。
その千尋の呼び声に、静寂が訪れると思った。
「何だ?」
「え……」
千尋が振り向くと、そこにはアシュヴィンがいた。
「え……嘘。何で幻?」
「お前な。そんな訳ないだろう」
アシュヴィンは呆れながらも、千尋の側へと近づいてくる。
「え?え?まだ当分時間がかかるって聞いたよ」
「そりゃーー、お前。必死に終わらせてきた」
「どうして……?」
「早く帰って、お前に会いたかったから。に決まってる」
「アシュヴィン……」
「待たせたか?ん?」
そう優しい声と笑顔で、千尋に語りかけてくる。
千尋は気がつくと、アシュヴィンに抱きついていた。
「何だ、熱烈な歓迎だな。そんなに寂しかったのか?」
「そ、そんなことないよ」
「嘘付け。お前バレバレだぞ」
「え!!嘘」
「ほら、な」
「ーーーーーーーーっ!!」
あっさり千尋の考えがバレてしまい、千尋は恥ずかしくなってくる。
そんな千尋にアシュヴィンは強く抱きしめた。
「すまないな。もう少し一緒にいてやれればいいんだが」
「仕方ないよ。大事なお仕事だもん」
「千尋」
「ん?」
「辛かったり寂しくなったら、ちゃんと言えよ」
「でも………」
「2人でいる時は、思ってる事は全部言え。1人で苦しむな」
アシュヴィンの言葉に、千尋の寂しさが消えていく。
「今は大変だが、こうして時々休息をとるのも大事だ」
「うん…」
「それに、千尋の側は心地いいからな」
「うん。私も一緒にいると嬉しい」
「そうか……。なら今からお前に付き合ってやる」
「ほんとっ」
「ああ。2人だけで過ごそう」
「うん!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋は嬉しそうに喜んでいる。
「あ、そうだ。言い忘れてた」
「?」
「アシュヴィン。お帰りなさい」
「ああ、ただいま」
千尋の言葉に、アシュヴィンもまた微笑む。
2人は寄り添って奥の部屋へと向かっていった。
~fin~
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文月まこと
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女性
自己紹介:
乙女ゲーム・八犬伝中心に創作しています。萌えのままに更新したり叫んでいます。
同人活動も行っています。
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