「そろそろ今日の作業終了だな」
野崎の言葉で、原稿作業をしていた千代と御子柴が時計を確認する。
「もうそんな時間?」
「あーそろそろ電車混むな」
明日は平日で学校もあるから、あまり無理は出来ない。
締め切りまではまだ余裕があるので、一区切りついたところで各々の作業を終わりにした。
それぞれ電車通学なので、特に泊まる予定でない御子柴も帰り支度をする。
野崎はこの後も原稿作業するのだろう、机にはまだ原稿を広げたままだ。
千代はそれを見て、何か思うところがあるようだ。
「あまり無理しすぎないでね」
「ああ。ありがとう」
「…………」
締め切りが厳しいと野崎は根を詰めてしまうので、千代は心配していた。
その心配を受け止めて、野崎も微笑む。
何気ないそのやり取りを見て、御子柴は何か面白くない。
「じゃあ野崎くん。お疲れ様ーー。また明日ね」
「またなー」
「気をつけて帰ってくれ」
千代も御子柴も電車通学のため、野崎が暮らすマンションから駅まで2人で歩く。
駅まではそんなに時間がかからないが、アシスタントで同じ日になると駅までよく一緒に帰っている。
「野崎くん、大丈夫かなー?また無理しないといいけど……」
「まあ……今のところは作業は順調みたいだけどな」
「うーん。また熱出さないといいんけど……」
「あいつはぶっ倒れないとわかんねぇよ、自分の体調にはほんと鈍感だから……」
「そうなんだよね……」
野崎、野崎、野崎。
このわずかな距離の帰り道で、その名前を何度聞いたことか……。
千代の話題の中心は常に野崎で、その事が千代の想いの強さを思い知らされる。
(……)
【今は俺だけを見ろよ】
【野崎よりも俺の方が……佐倉と一緒にいるんだぜ】
たった一言……口にすれば何かが変わるだろうか?
(言えねぇよな)
「でね……野崎くんが――」
野崎の話をする千代はとても楽しそうで、弾けるような笑顔で……とてもキラキラしているようにも見えた。
そんな姿が何よりも可愛いと思ってしまう。
会話の内容は自分じゃなくても……向けられた視線は自分のものだと思ってもいいだろうか?
今……この時間だけは……。
「みこりん?」
「な、何だ?」
不意に名前を呼ばれて、御子柴は我に返る。
「どうかした?ボーっとして」
「い……や」
まさか千代の事を考えていたとは言えず、言葉を濁す。
「熱?みこりんも体調が悪い?」
「……!!」
不意に千代が御子柴の腕を取って屈ませ、自分の額に触れてきた。
その行動に、御子柴の体温は一気に上がった。
「っ……」
「大丈夫?みこりんっっ。すごい真っ赤……」
「う、うるせぇぇーー」
残りの帰り道、御子柴は赤面した理由を必死で誤魔化していた。
~fin~