乙女ゲーム・八犬伝などの二次創作のごった煮ブログです。
ED後。 ある日千尋が見たものは…。
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千尋はその時、珍しいものを見た。
「うわーーー、寝てるっ」
たまたまアシュヴィンに書類を届けに来たのだが、当のアシュヴィンは椅子で熟睡中だ。
「起きない……」
いつもなら、誰かが近寄っただけですぐに目を覚ますアシュヴィンだ。
だが今日は一向に目を覚ます気配がない。
こうした時間にアシュヴィンが眠る姿は、初めてかもしれない。
(やっぱり疲れてるのかな……。)
表立っては出さないが、アシュヴィンの疲労は相当だろう。
平和を取り戻した今、アシュヴィンは皇として働く。
そして千尋の負担にならないように、常に気を配ってくれるのだ。
「や、すっかり休まれてますね」
「リブ……」
アシュヴィンに気を取られてて、リブがいたことにまったく気がつかなかった。
「やっぱり疲れてるんだよね……」
「ええ。でも、こうして人が近くにいて起きないのも珍しいですね…・・・」
リブも千尋と同じ感想を述べる。
側近であるリブの前でも、安心して眠っていないのだろうか?
「でも……妃様の前だと安心して休まれてるようです」
「え……」
「ようやく、陛下が安心して眠れるようになれてよかったと思います」
リブの言葉に千尋は、アシュヴィンの顔を見る。
いまだに眠っていて、起きる気配はない。
「では、失礼します。もう少しこのままに……」
「うん、ありがとう」
リブを見送ったあと、再び千尋はアシュヴィンの寝顔を眺める。
その顔は整っていて、でも少し眉間にしわが寄っている。
(もうちょっと、穏やかにならないのかな……)
アシュヴィンのことだから、夢の中でも仕事をしているに違いない。
そう考えると千尋も笑みが零れた。
「お疲れ様、アシュヴィン……」
「ん……」
アシュヴィンは不意に目が覚めた。
「眠ってたのか……」
椅子に座って寝てたせいか、身体があちこち痛い。
ふと顔を上げるとそこにいたのは……。
「千尋……?」
何故か千尋が机に突っ伏したまま、眠っている。
恐らく自分に用があったのだろうが、今はすっかり夢の中だ。
「まったく、こんなところで……」
自分も人のことを言えた義理ではないが、千尋の無用心さには少し心配になる。
アシュヴィンは千尋を自分の膝に乗せた。
だが、一向に起きる気配はない。
「俺も起きないとはな」
人の気配を感じずに今まで寝ていたのは、千尋だったからだ。
そのことに驚き、同時に嬉しくも思う。
身体も心も安心して預けられるのは、千尋だけだ。
「さて、どんな反応するか楽しみだな」
千尋が目を覚ました時に、この状態でいることにどんな反応をするだろうか?
怒るか、恥ずかしがるだろうか?
それでも、最後にはきっと笑っているのだろう……。
アシュヴィンはそんなことを思いながら、千尋をずっと見つめていた。
~fin~
ある日アシュヴィンは、千尋に賭けを持ちかける・・。
コレは三択の選択肢があります。
スクロールすると、それぞれ見られます。
コレは三択の選択肢があります。
スクロールすると、それぞれ見られます。
「賭け?」
「ああ。せっかくだから賭けでもしないか?」
穏やかな休日のある日、千尋はアシュヴィンにそう言われた。
「いきなりどうしたの?」
「いや、久々に休めるんだ。何か面白いことがあったほうがいいだろう?」
「だから賭け?」
「そうだ」
そう言うアシュヴィンは、楽しそうに千尋を見つめている。
「何を賭けるの?」
「俺が今何を考えてるのか当てられたら、お前の勝ちだ。今宵一晩お前の物になってやるよ」
「どういうこと?」
「お前の言うことを何でも聞く」
「だったら、アシュヴィンが勝ったらどうするの?」
千尋は疑問に思い、そのままアシュヴィンに問う。
「俺が勝ったらどーするんだって?・・さぁ・・・。どーすると思う?」
「そんなのずるいわ」
千尋はむぅと口を尖らせている。
「そうか?それなりに代償があったほうが面白いと思わないか?」
無謀な挑戦とは思ったが、勝った時の状況に惹かれた。
「わかった。やる」
「そうこなくちゃな」
千尋のやる気に、アシュヴィンは尚も面白そうに笑っている。
「それで?俺の考えてることがわかるか?」
「んーーー」
千尋はアシュヴィンをちらりとも見るが、その表情は明らかに余裕だ。
それはきっと、千尋が当てる事が出来ないと思っているからだろう。
(何か、悔しい)
どうせ勝負するなら、勝ったほうがいいに決まってる。
千尋は思い巡らせ、ようやく一つの答えに絞った。
「どうだ?千尋。わかったか」
「うん、これでいく」
A・それはもちろん「国」のこと
B・「私」のこと
C・は・・・恥ずかしくて言えない様なこと
続き。それぞれの選択後(A・B・Cの順で)
Aの場合。
「やっぱり常世のこと・・・とか?」
「ほう・・・」
アシュヴィンは興味深そうに、千尋の言葉を耳を傾ける。
「だって、アシュヴィンは皇だし!!常に国のこと考えてるよね?」
「・・・・」
力説する千尋にアシュヴィンは・・・。
「お前の言うことも確かにな」
「でしょ!!」
「だが・・・」
アシュヴィンは千尋の頬をそっと撫でていた。
「せっかく夫婦2人の時間だというのに、それでは少し寂しいんじゃないか?」
「え・・・だめ・・・だった?」
「いや・・・その答えは存外悪くない」
「!!それじゃ・・・」
「ああ。『正解』だ」
「やったーーーーっ」
正解というよりもおまけに近かったが、千尋の言葉にアシュヴィンは負けた。
実際、国という言葉が千尋から出たのが嬉しかったからだ。
「それで?お前は俺に何をしてほしいんだ?」
「え・・・と」
本当に勝つとは思っていなかったので、千尋としては何も考えていなかった。
ただ、あえて望むなら・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・抱きしめてほしいな・・・」
「・・・は?そんなことでいいのか?」
「そんなことじゃないよ!!私にとっては重要なの!!」
力説する千尋に圧倒されながらも、アシュヴィンには嬉しい提案だった。
「そんなことなら喜んで」
アシュヴィンは千尋を引き寄せると、その力の限りで抱きしめた。
「これでいいのか?」
「ん・・・。もっと・・」
「了解」
アシュヴィンは腕の力を強めた。
自分の温もりが少しでも伝わるように。
「たまにはこんな日もいいかもな」
「そう・・・だね」
2人は他愛もない話をしながら、寄り添いあっていた。
1日が終わりを告げるまで。
~fin~
Bの場合。
「『私』のこと・・・・とか」
口に出したら馬鹿にされそうなことを、敢て口に出してみる。
「ほう・・・具体的には?」
「え・・・と」
千尋が言葉にするのを躊躇っていると、アシュヴィンが千尋に近づいてきた。
「言わないとお前の負けになるが?」
「~~~~~~~」
言う恥ずかしさと負ける悔しさ。
ぎりぎり悩んだ末、千尋が出した結論は・・・。
「く・・・・・・・・・・・・」
「く?」
「口づけが・・・したい・・・・・・とか?」
「・・・」
アシュヴィンはじっと千尋を見つめて、それから・・・。
ーーちゅっ。
「!!」
一瞬の隙をついて、千尋の唇を奪っていた。
「ちょ・・・。アシュヴィンッ!!」
「俺が考えてることをそのまましただけだ」
「だからって・・・ふっ」
千尋が反論する隙を与えず、再びその唇を奪う。
その口づけは千尋の力も奪っていく。
力が抜けた千尋は、アシュヴィンの肩にもたれる。
「も・・・何でこんな」
「したいからに決まってるだろう」
「・・・」
こうもはっきりと断言されると、千尋は何も言えない。
「あ・・・。でも、賭けには勝ったんだよね」
「ま、そういうことになるな・・・で?」
「で?」
「お前が勝ったんだから、今宵、俺はお前の物になる約束だろう?」
「・・・そうだね」
「何がお望みだ?」
言葉の端々には、アシュヴィンの余裕があってとても悔しい。
勝った筈なのに、負けた気がするのは何故だろうか?
それでも・・・。
千尋は躊躇いながらも、敢てそれを口にする。
「・・・千尋?」
「さっきの続き・・・をしてほしいかな」
「ほう・・・?」
「ダメ?」
「駄目な訳ないだろう・・・」
アシュヴィンはやはり面白そうに笑いながら、顔を寄せてきた。
そして千尋はゆっくりと目を閉じる。
すぐに訪れる、その時を待ちながら・・・。
~fin~
Cの場合。
「え・・・と・・・・・・」
千尋はちらりとアシュヴィンを見る。
見られたアシュヴィンは、楽しそうに千尋を見ている。
(い・・・言えないっ!!)
千尋は考えている答えで、頭がいっぱいになっている。
「どうした千尋?言わないと、お前の負けになるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・」
千尋自身、それはわかっている。
だが、どうしても口に出すのは恥ずかしくて無理だった。
「あと、10秒だな」
「え・・・っ。ちょ・・・」
「10・・・9・・・」
慌てる千尋をよそに、アシュヴィンはカウントを始めた。
(どうしよう、どうしよう・・・・・)
「5・・・4・・・3」
(うーーーっ。でも無理無理っ)
「2・・・1・・・0」
「!!!!」
「終了だな。お前の負けだ」
「あ・・・」
アシュヴィンの言葉に、千尋は呆然となる。
答えも言えず、賭けにも負けてしまった。
「アシュヴィン・・・。あ・・・あの」
「お前が勝ったら、今宵一晩お前の物になるんだったな・・・」
「ちょっと・・・近寄りすぎじゃないかしら・・・」
アシュヴィンがじりじりと千尋に近づき、千尋は思わず後ろに下がってしまう。
だが、元々の座っている椅子は広さがない。
すぐに後ろに詰まり、千尋は逃げ場を失った。
「・・・アシュ・・・ヴィン?」
「俺が勝ったのだから、今宵はお前を好きにさせてもらおうか?」
「す・・・好きに?」
「そうだ」
アシュヴィンの意図がわかり、千尋は焦る。
だが、千尋にはどう見ても逃げ場がない。
「ま・・・待ってっ」
「待たない。俺の好きにするのだからな」
「・・・っ!!」
アシュヴィンは千尋の首元に、自分の唇を宛がう。
その感覚はくすぐったくて、こそばゆい。
「諦めろ。お前には拒否権はない」
「っ!!」
千尋は賭けにのった事を激しく後悔し、アシュヴィンの行動を受け入れていた。
「・・・ところで」
「ん?」
一段落したころ、千尋はずっとアシュヴィンに聞いておきたかった。
「結局、賭けの答えって何だったの?」
「答え・・・ね。案外、あの時お前が考えていたことと、同じだったかも知れんぞ」
「なっ!!!」
あれだけ悩んでいた千尋の考えを、アシュヴィンは見透かしていた。
そして答えても、はずれても結果は同じだった・・・かもしれない。
「それって!!」
「甘い話には必ず裏があるもんだ。わかっただろう・・・?」
「アシュヴィンの・・・馬鹿ーーっ」
後悔しても時すでに遅く、千尋は叫ぶことしか出来なかった・・・。
~fin~
熊野に来たばかりのお話。
熊野へ訪れた千尋たちは、一時の休息をとる事にした。
常世への戦の前に、身体を休めなければならない。
そう判断し、千尋も休息をとるため散策していた。
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
「あ……アシュヴィン…」
ぼんやりと森の中を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「相変わらず、共も連れずに1人で出歩いてるんだな、お前は」
「それはアシュヴィンだって、一緒でしょ?」
いつも傍らにはリブがいる印象が強いが、今日はリブ1人だった。
「この辺は知らぬところも多いからな」
アシュヴィンは情報収集も兼ねて、1人で回っていたらしい。
その理由は最もだが、一国の皇子が出歩くものだろうか?
「理由はわかったけど、1人でいていいの?」
「ふっ……。確かに中つ国の兵にでも会ったら、攻撃されるかもな」
「なっ!!そんなことはさせないわよ」
「どうだかな。将のお前がそう思っていても、兵の中では複雑だろう」
「…………」
アシュヴィンの言うことは最もだった。
今ではアシュヴィンたちが仲間だったとはいえ、それ以前は敵同士だった。
自分の親しい者が傷つけれた者も、中にはいる。
「そうね……。でも、私はみんなを信じたいわ」
「信じる?何をだ」
「今、アシュヴィンたちを傷つけるような真似をしないことを……。今の状況が正しかったと思うことを……」
そう言い切る千尋の瞳は揺るぎない。
アシュヴィンはその瞳に何かを感じた。
千尋の想いを。
(変わった女だ)
そんな千尋に、アシュヴィンは惹かれてやまない。
千尋はまったく気づいていないだろうが。
「だったら尚更1人で出歩くな。お前がいなくなると困る者がいる。それを自覚するんだな」
「……わかったわ」
アシュヴィンの言葉は正論で、千尋には返す言葉がない。
思わず黙ってしまった千尋に、何か冷たいものを感じた。
「え……?」
千尋が顔を上げると、さらにそれは襲ってくる。
「むっ……。雨か」
「う……嘘っ」
その雨は小降りではなく、一気に土砂降りへと変わる。
「こっちだ」
「あ……」
千尋はアシュヴィンに引っ張られ、何とか雨が凌げそうな木陰を見つけた。
「恐らく通り雨だろう。ここで少し引くのを待つか」
「そう…ね……」
アシュヴィンの言葉に応えながらも、その会話はぎこちない。
千尋としては、今の自分の状態が問題だった。
(ど……どうしよう……)
雨を凌ぐためとはいえ、アシュヴィンの身体がとても近い。
それと比例して、自然と顔が熱くなる。
「……くしゅっ」
「寒いのか?」
「ちょっとだけ」
一瞬とはいえ、雨は千尋の身体の体温を奪っていた。
少しだけ寒気を感じ始めていた。
「仕方ないな」
「え……」
アシュヴィンは、自分の外套を千尋に被せた。
その外套からは温かさを感じる。
「ちょ……アシュヴィンが寒くなるから……」
「俺はお前ほどやわじゃない。男の厚意は素直に受けっておけ」
「あ……ありがとう……」
そこまで言われてしまうと、千尋は受け取るしかない。
アシュヴィンの外套はとても温かく、先ほどの寒さを和らげた。
「…………」
急に2人の間に沈黙が訪れる。
並んで立っている2人は、微妙な距離を保っていた。
千尋としてもどうしていいかわからない。
アシュヴィンとはこの間まで敵同士。
今では仲間だが、そう親しいとは言える間柄でもなかった。
「あ……」
千尋がちらりアシュヴィンを見ると、その肩口は濡れている。
千尋を濡らさないため、自然とそのスペースを空けていたのだとわかった。
外套も千尋に貸し、自分の身体は雨で濡れている。
そんなアシュヴィンの心遣いに、千尋の心は自然と温かくなる。
「アシュヴィン……。肩濡れてるからもう少し、こっちに来たら?」
「別にお前が気にすることじゃない」
「気になるわよ……。ほらっ」
動こうとしないアシュヴィンの手を取ると、その手からは冷たさを感じる。
「アシュヴィン……。手冷たい」
「そうか?元々こんなものだろう」
「嘘っ!!これじゃ、アシュヴィンが風邪引いちゃうわよ。これ、返すから」
「馬鹿、いいって」
「でもっ」
「仕方ないな」
頑として納得しない千尋に、アシュヴィンは実力行使に出た。
「!!」
「これなら文句ないな」
アシュヴィンは外套ごと、千尋を抱きしめる。
アシュヴィンのその身体は、やはり冷たかった。
「お前の体温は温かいな」
「……そう?」
「ああ」
密着させている身体は、自然と体温が上昇していく。
千尋は、自分の温もりが少しでもアシュヴィンに分けれたらと思っていた。
だが、徐々にその行為に動揺している自分がいた。
不快を感じている訳ではない。
しかし、この気持ちに説明が出来ない。
ただ一つ願ったのは……。
まだ……、雨が止まないでほしい……。
それはほんのささやかな願いだった。
~fin~
常世への戦の前に、身体を休めなければならない。
そう判断し、千尋も休息をとるため散策していた。
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
「あ……アシュヴィン…」
ぼんやりと森の中を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「相変わらず、共も連れずに1人で出歩いてるんだな、お前は」
「それはアシュヴィンだって、一緒でしょ?」
いつも傍らにはリブがいる印象が強いが、今日はリブ1人だった。
「この辺は知らぬところも多いからな」
アシュヴィンは情報収集も兼ねて、1人で回っていたらしい。
その理由は最もだが、一国の皇子が出歩くものだろうか?
「理由はわかったけど、1人でいていいの?」
「ふっ……。確かに中つ国の兵にでも会ったら、攻撃されるかもな」
「なっ!!そんなことはさせないわよ」
「どうだかな。将のお前がそう思っていても、兵の中では複雑だろう」
「…………」
アシュヴィンの言うことは最もだった。
今ではアシュヴィンたちが仲間だったとはいえ、それ以前は敵同士だった。
自分の親しい者が傷つけれた者も、中にはいる。
「そうね……。でも、私はみんなを信じたいわ」
「信じる?何をだ」
「今、アシュヴィンたちを傷つけるような真似をしないことを……。今の状況が正しかったと思うことを……」
そう言い切る千尋の瞳は揺るぎない。
アシュヴィンはその瞳に何かを感じた。
千尋の想いを。
(変わった女だ)
そんな千尋に、アシュヴィンは惹かれてやまない。
千尋はまったく気づいていないだろうが。
「だったら尚更1人で出歩くな。お前がいなくなると困る者がいる。それを自覚するんだな」
「……わかったわ」
アシュヴィンの言葉は正論で、千尋には返す言葉がない。
思わず黙ってしまった千尋に、何か冷たいものを感じた。
「え……?」
千尋が顔を上げると、さらにそれは襲ってくる。
「むっ……。雨か」
「う……嘘っ」
その雨は小降りではなく、一気に土砂降りへと変わる。
「こっちだ」
「あ……」
千尋はアシュヴィンに引っ張られ、何とか雨が凌げそうな木陰を見つけた。
「恐らく通り雨だろう。ここで少し引くのを待つか」
「そう…ね……」
アシュヴィンの言葉に応えながらも、その会話はぎこちない。
千尋としては、今の自分の状態が問題だった。
(ど……どうしよう……)
雨を凌ぐためとはいえ、アシュヴィンの身体がとても近い。
それと比例して、自然と顔が熱くなる。
「……くしゅっ」
「寒いのか?」
「ちょっとだけ」
一瞬とはいえ、雨は千尋の身体の体温を奪っていた。
少しだけ寒気を感じ始めていた。
「仕方ないな」
「え……」
アシュヴィンは、自分の外套を千尋に被せた。
その外套からは温かさを感じる。
「ちょ……アシュヴィンが寒くなるから……」
「俺はお前ほどやわじゃない。男の厚意は素直に受けっておけ」
「あ……ありがとう……」
そこまで言われてしまうと、千尋は受け取るしかない。
アシュヴィンの外套はとても温かく、先ほどの寒さを和らげた。
「…………」
急に2人の間に沈黙が訪れる。
並んで立っている2人は、微妙な距離を保っていた。
千尋としてもどうしていいかわからない。
アシュヴィンとはこの間まで敵同士。
今では仲間だが、そう親しいとは言える間柄でもなかった。
「あ……」
千尋がちらりアシュヴィンを見ると、その肩口は濡れている。
千尋を濡らさないため、自然とそのスペースを空けていたのだとわかった。
外套も千尋に貸し、自分の身体は雨で濡れている。
そんなアシュヴィンの心遣いに、千尋の心は自然と温かくなる。
「アシュヴィン……。肩濡れてるからもう少し、こっちに来たら?」
「別にお前が気にすることじゃない」
「気になるわよ……。ほらっ」
動こうとしないアシュヴィンの手を取ると、その手からは冷たさを感じる。
「アシュヴィン……。手冷たい」
「そうか?元々こんなものだろう」
「嘘っ!!これじゃ、アシュヴィンが風邪引いちゃうわよ。これ、返すから」
「馬鹿、いいって」
「でもっ」
「仕方ないな」
頑として納得しない千尋に、アシュヴィンは実力行使に出た。
「!!」
「これなら文句ないな」
アシュヴィンは外套ごと、千尋を抱きしめる。
アシュヴィンのその身体は、やはり冷たかった。
「お前の体温は温かいな」
「……そう?」
「ああ」
密着させている身体は、自然と体温が上昇していく。
千尋は、自分の温もりが少しでもアシュヴィンに分けれたらと思っていた。
だが、徐々にその行為に動揺している自分がいた。
不快を感じている訳ではない。
しかし、この気持ちに説明が出来ない。
ただ一つ願ったのは……。
まだ……、雨が止まないでほしい……。
それはほんのささやかな願いだった。
~fin~
熊野にて。10000HIT記念。
そこは熊野のある森の奥。
その場所に千尋は一人でいた。
「ここなら誰も来ないよね」
千尋が辺りを見回すと、そこには静けさのみ。
それを確認すると千尋は、着ていた服を脱ぎ始めた。
「やっぱり水浴びは気持ちいい…」
最初は触れた時の冷たさも、徐々に身体が馴染んでくる。
以前水浴びをした時も思ったが、身体が綺麗になり気持ちも変わっていく。
これからの事を考えるために、頭の中を整理させたかった。
「狭井君に教えてもらってよかったかも……」
千尋が少し考える時間が欲しいと、狭井君に頼んだ。
すると、狭井君は森の奥の泉を教えてくれた。
泉の水はとても透き通っていて、小さな滝も流れている。
その透き通った泉で水浴びし、これからの事考えようと思った。
戦の事ともう一つ。
「もうすぐ……なんだ」
もうすぐ、アシュヴィンとの結婚が控えている。
それはこれからの戦のための、言わば『政略結婚』
狭井君の提案と、アシュヴィンの同意の元で行われる。
それに伴い、準備は進んでいく。
だが、千尋だけは取り残されていた。
「頭ではわかってるんだけどな……」
自分は王族だ。
国のためになる事なら、何でもしなくてはならない。
しかし、今の千尋にはどうしても割り切れなかった。
相手は自分が今まで、敵だと思っていた相手。
そしてそれ以上に、気になっていた相手だった。
「もー、よくわかんないっ」
いくら考えてもわからないままで、千尋はいっそう深みにはまっていた。
「一体、何だって言うんだ」
アシュヴィンは訳がわからないまま、森の奥へと歩いていく。
事の発端は、狭井君だった。
『姫が戻ってこないので、探してきていただけますか?』
『何故、俺が?』
『もうすぐ、夫婦となられるのですから…。少しは会話されたらどうです』
『あいつは全く納得していないようだが?』
『今はまだ、混乱しているだけ。じきに落ち着くと思います』
『……で、あいつはどこに行ったか検討はつくのか?』
『ええ……』
狭井君との会話は、アシュヴィンにとって少々不快だ。
何しろ喰えない人間だ。
千尋は全く気がついていないが、明らかに何かしら企んでいる。
今回の結婚に対しても、何かしらの思惑がある筈だ。
「まあ……。それが普通だがな」
王族の結婚は何かしら、政治的な思惑が絡み合う。
アシュヴィンだってそうだ。
今回の結婚で、中ツ国や他の勢力をあてにしようとしているのだから…。
その中で、傷つく人間がいようとも……。
気がつくと、アシュヴィンは大分森の奥まで来ていた。
そしてある場所に、光が差し込んでいる。
何となくその場所に千尋がいると思い、先を急ぐ。
その光の先には……。
「しかし……、あいつはこんなとこで一体何を……」
アシュヴィンが辿り着いたのは、森の奥にある泉。
だが、そんな事よりもアシュヴィンの目に映ったのは……。
「……っ!!」
1人の少女が小さな滝で、水を浴びている。
その姿は、何か神聖なものを感じた。
まるで、神にその身を捧げているような…。
その光景に、アシュヴィンは息を呑んだ。
何も考えられず、身体も固まって動けずにいた。
「ん?」
不意に視線を感じ、千尋はその方向に振り向く。
するとそこには、先ほどまで考えていた人物がそこにいた。
「っ!!……あ…アシュヴィン…!!」
千尋はアシュヴィンの姿に驚き、また今の自分の状況を思い出した。
その視線から逃れるように、千尋は背を向いてしゃがんだ。
泉の水は浅くて、身体を全て隠す事が出来ない。
しかし、何もしないよりはマシだった。
「龍の姫がこんなところで水浴びか?」
「なっ。何でアシュヴィンがここに…」
せめて、自分から意識を遠ざけようとアシュヴィンに投げかける。
「狭井君から、お前を探すように言われてな。この辺りだと聞いて…来た」
「え……?狭井君は私がここにいる事…、知ってる筈なのに」
何故だろうと首を傾げる千尋に、アシュヴィンは苦笑した。
「さあな。お前に触れて来いって事なのかもしれないぞ」
「なっ…!!そんな事!!」
案の定、千尋はすぐにそれを否定した。
(俺が千尋に手を出して、既成事実でも作らせる気か?)
あり得ない話ではない。
子供を作る事は、次の国の運命を決める。
そしてそれが権力があればあるほどに、国のためにはいい。
その子供に、中ツ国と常世を治めさせようと、目論んでいるのかもしれない。
「まあ、そんな気は俺にはないから安心しろ」
「ほんとに?」
「ああ」
さすがに、明らかに初心な少女を、手を出すのには気が引けた。
しかし簡単に安心されるのも、アシュヴィンとしては面白くない。
「だが、そのままの格好でいられる俺も気が変わるかもしれんな」
「!!」
その言葉に千尋の身体が少し動き、固まったのがアシュヴィンにもわかった。
そんな千尋に苦笑しつつ、アシュヴィンは……。
「こちらを向いているから、さっさと着替えろ」
「え……?」
その言葉は千尋にとっては、予想外だった。
「あの…。アシュヴィン?」
「それとも期待通りにしてほしいのか?」
「着替えます!!」
即答する千尋に笑いながら、アシュヴィンは泉に背を向けた。
「み……見ないでね」
「わかったから、とっとと着替えろ」
「う……うん」
その言葉通りに、アシュヴィンは背を向けたまま動こうとしない。
そんなアシュヴィンの様子を見ながら、千尋は動き出す。
―――ザバッ。
「……」
正直、アシュヴィンは困っていた。
水音が聞こえる。
それは千尋が、泉から上がった音。
衣擦れの音が聞こえる。
それは千尋が、着替えている音。
何も会話をしていないせいか、嫌でも耳に音が入ってくる。
(困ったものだ……)
こういう時、自分が『男』だという事を思い知る。
千尋にも少しは、意識して欲しいものだ。
「あの……、アシュヴィン。終わったよ」
「そっち向いてもいいか」
「え…ええ」
わざわざ確認してくるのは、アシュヴィンの優しさだ。
その優しさが、千尋の胸にしみる。
「しかし、こんなところに1人で来るとは感心しないな」
「っ!!」
もし自分以外の男が、ここに訪れたらどうする気なのか?
「何されても、文句は言えないんだぞ」
「!!!」
その言葉に千尋は顔を紅くし、俯いてしまう。
(確かに、アシュヴィンの言う通りだ)
以前も忍人に言われたばかりだというのに、再び繰り返している。
「ごめんなさい……」
「お前が素直に謝るとはな」
「だって、1人で考え事したかったんだもの」
「考え事?」
「うん……。これからの事とか……結婚の事とか」
「成る程な」
目の前にいる少女は、明らかに今回の結婚に戸惑っている。
頭では王族としての立場を理解しているだろうが、心はまだ未熟な少女と言ったところか。
「お前は俺との結婚に大変、不満なようだな」
「え……」
アシュヴィンの言葉に、千尋は驚きを隠せない。
千尋はアシュヴィンをどう思っているか、わかっていないのだ。
不満なのか、そうでないのかが…。
そんな千尋を見透かしたかのように、アシュヴィンは笑う。
「まあ、いいさ。今は、な」
「?」
「とりあえずは、王族としての役目を果てしてくれればな」
「わ……わかってるわ」
その物言いに、千尋は少しムッとした。
甘い言葉すら紡ぐ事もせず、アシュヴィンはその場を立ち去る。
「もーー、何なのっ」
千尋はアシュヴィンの姿を見つめたまま、動けずにいた。
「今は……まだダメだな」
立ち去ったアシュヴィンは、ポツリと呟いた。
その脳裏には、先程の千尋の水浴びの姿が浮かぶ。
あの時、ただ息を呑んだ。
その姿に見惚れて……、動く事が出来なかった。
特にいやらしい感情も浮かばなかった。
そこにあったのは、千尋を綺麗だと思った。
ただ、それだけで。
それはまるで、天女や神の遣いにしか思えなかった。
次に我に返った時には、その少女を自分の物にしたいと思った。
先程までの姿とは違い、可愛らしくて、そして「女」である千尋の事を…。
けれど、それは思いとどまった。
今までだったら、その場で自分の物にしてきただろう。
だが千尋はまだ、自分の気持ちを理解していない。
アシュヴィンは、千尋の『心』も手にいれたいのだ。
「俺も……、大概馬鹿だな」
アシュヴィンは自嘲して笑う。
「だが、必ず手にいれる……」
そう決意しながら、アシュヴィンは来た道を戻っていった…。
~fin~
ED後。アシュヴィンよりも早く起きた千尋は…。
「ん……?」
千尋は差し込んできた光に、目を覚ました。
徐々に覚醒し、今が朝だということを認識する。
千尋が寝返りを打つと、思わず声を上げそうになった。
「あ……」
千尋は何とか手で口を塞ぎ、声を堪えた。
目の前にいるのは、自分の夫であるアシュヴィンだった。
その瞳は堅く閉じられ、深く眠っている。
(う……、動けない)
千尋はそんなアシュヴィンにしっかり手を握られ、もう片方の手で抱き寄せられている。
わずかな隙間もない密着状態だ。
これでは無理に起きようとすると、アシュヴィンを起こしてしまう。
常に忙しいアシュヴィンのわずかな休息を、妨げたくなかった。
それに…。
(もう少し……、このままでいいかな)
少しでもアシュヴィンと過ごした気持ちが、千尋には勝った。
千尋はここぞとばかり、アシュヴィンを観察する。
(アシュヴィンって、整った顔をしてるな……。寝てても何か…)
千尋はアシュヴィンを見て、見惚れてしまっていた。
その事に気がついて、千尋は慌てる。
そして視線は、自分の手に行き着いた。
アシュヴィンによって、しっかりと握られた手。
その手はとても大きく、千尋を包み込む。
(アシュヴィンの手って、大きくて綺麗だな)
普段は手袋をしていて見えないが、その手は傷がなく綺麗に思えた。
それは自分だけに見せてくれる。
その手に自分の手を握られると、千尋自身も包まれているような気がした。
千尋は、そんな考えに思わず笑う。
(何か、ずっとアシュヴィンの事しか考えてないかも……)
アシュヴィンを見ているだけで、自然と湧き上がってくるものがある。
それは顔であっても、手であっても。
他の部分でもきっと一緒なんだろう…。
「…何笑ってるんだ……?」
「あ…。起きた?」
アシュヴィンはようやく目を覚まし、笑う千尋に首を傾げる。
「何かやたらと…。お前の視線が感じた気がした」
「そうかな…。気のせいじゃない?」
千尋は恥ずかしさから、思わず誤魔化してしまう。
「まあいい。目が覚めた時にお前の笑顔が見れるのは、存外悪くない」
「ふふっ…。おはよう、アシュヴィン」
「おはよう……、千尋」
2人は自然と唇を重ねる。
それは今では、当たり前になりつつある。
唇が離れると、自然と千尋は繋いでいる手を握り締めた。
「何かね…。アシュヴィンの手…、綺麗だなぁって思って」
「何だ、急に」
唐突すぎる千尋に、アシュヴィンは不思議そうに見ている。
「大きくて傷一つなくて、綺麗って思ってたの」
「それなら…」
「?」
アシュヴィンは繋いで手を自分の唇に寄せて、そっと口付けた。
「あ……、アシュヴィンッ」
「俺はお前の小さくて白い綺麗な手が、好きだ」
あっさりと言ってしまうアシュヴィンに、千尋は顔を紅くした。
「もう…!!」
「お前が最初に言ったんだろうが…」
恥ずかしくて千尋は、思わず口を尖らせる。
「だったら…、どうすれば機嫌を直すんだ?」
「……まだ、手を繋いでて…?」
「了解…」
合わさった手から温もりが、広がっていた。
『好き』という気持ちと合わせて……。
~fin~
バッドED。苦手な方は注意してください。
「お前は一人帰れ」
「アシュヴィンッ!?」
皇たちの軍に追われ、篭城にも限界がきた頃。
アシュヴィンは千尋を連れ出した。
そして比良坂で千尋に逃げるように言い出したのだ。
「頼むから聞きいれてくれ」
無理をして笑うアシュヴィン。
それは祈るような願い。
「な……んで」
「言ったはずだ。俺はお前を死なせたくはない……」
「アシュヴィン……」
「俺の望みはお前が生き延びることだ」
「私……は…」
その言葉で千尋には全てがわかってしまった。
アシュヴィンはもう決めてしまっている。
千尋と別つ道を。
他に何か言わなくてはいけないのに……、何も出てこない。
言葉の代わりに熱いものがこみ上げてくる。
「泣くな……」
「もう一つだけ……わがままを言っていいか?…微笑んでくれないか……一度だけでいいから…」
それは、唯一の願い。
未練がましく、千尋への想いを断ち切れずにいる。
「…ん。……うん」
千尋は必死にその言葉に応えようと、無理やり笑顔を作った。
それが今出来る、千尋の精一杯だったから。
アシュヴィンがそっと目元を拭い、優しく微笑む。
「綺麗だな……。最初に出会った時から、なぜかお前が好きだった」
アシュヴィンが口にした、最初で最後の告白。
そしてそれは、静かに消えていく。
「……ありがとう」
アシュヴィンはそう言うと、背を向けて黒麒麟の元へ。
千尋は、ただその光景を見る事しか出来ない。
「あっ…!!」
間もなく、アシュヴィンは黒麒麟に乗って去っていく。
その姿は段々と小さくなっていく。
心に残ったのは、後悔と悲しみ。
そして、ようやく理解する。
「……っ!!」
千尋はその場に崩れ落ち、溢れる涙が止まらなかった。
「わた…しも……。好き……だったのに…」
千尋が自覚した時には、すでに遅すぎた。
その想いの相手とは、二度と会えないのだから…。
アシュヴィン1人が砦に帰った時には、リブが待っていた。
「帰って来られたんですね」
「当然だろう」
「そのまま……、逃げてくれる事を願っていました」
「馬鹿言うな。兵を捨てるわけにはいかない」
「殿下……」
すぐ近くに幸せがあるというのに、アシュヴィンは進んで苦難の道を行く。
リブにはそれがわかって、重い息を吐いた。
「本当に不器用な方ですね」
「……」
「殿下は二ノ姫の事を深く愛していらしたのに……、それも伝えずに…」
「今では言わなくてよかったと思っている。これからのアイツには必要がないからな」
アシュヴィンの脳裏に、先ほどの千尋とのやり取りが浮かぶ。
涙を流し、それでも無理してアシュヴィンのために笑う。
―――先ほどの言葉は、闇夜に消えていればいい。
―――そして俺だけに見せてくれた笑顔。
それだけで、もう……充分だ。
これから千尋の行く末に、笑顔があふれていればいい。
たとえ……、俺が隣にいなくても……。
~fin~
結婚イベント前。千尋が風早といるのを目撃したアシュヴィンは…。
それは結婚数日前のことだった。
常世の皇子と中ツ国の二ノ姫が結婚するという話題は、瞬く間に広がっていく。
その中には祝福をする者。
その身を案じる者。
企もうとする者。
様々だった。
そんな周囲の中、千尋は浮かない顔をしていた。
心が定まらないまま、結婚の日は近づいていく……。
そして今日も一日が終わろうとしている……。
「もうすぐ……か」
一日が終わる度、結婚の日が近づいていく。
それが千尋の心を重くしていった……。
(結局……。私はこのままでいいんだろうか?)
―――流されて、結婚して……。
それで本当に、正しいのだろうか…?
そんな事をぼんやりと考えていると、ある人物が近づいてきた。
「千尋」
「あ、風早」
「大丈夫ですか?」
心配性な風早の事だ。
きっと、結婚の事を言ってるのだと千尋にはわかった。
「うん、大丈夫」
本当は全く大丈夫ではない。
しかし、これ以上心配させる訳にはいかなかった。
「千尋が全部、背負うわなくてもいいんですよ」
「風早……」
その言葉に千尋は縋りたくなってしまう。
けど……。
「ううん……。確かに不安はあるよ…。でも…」
『俺は常世を変える』
そう言ったアシュヴィンの目が、千尋の脳裏によぎった。
あの笹百合で交わした言葉を、千尋は信じたいと思ったのだ。
アシュヴィンの事を、もっとよく知りたいと思った。
「だから、大丈夫だよ」
そう風早に笑いかけた。
それは嘘でも作り笑いでもない、真実の微笑み。
「そうですか……。なら大丈夫ですね」
風早もそれ以上、その話には触れなかった。
(ん……。あれは…千尋と風早か)
アシュヴィンが偶然に見たもの。
それは千尋と風早の姿だった。
2人は何やら楽しそうに、会話をしている。
(そういえば……。あまり、千尋が笑った顔を見たことがなかったな)
それも無理もない話だった。
少し前までは敵同士だったし、話す機会もそうなかった。
出会いからして、戦だ。
自分が気に入った女の笑顔を、見たことがないのは不思議でしかない。
だが……。
「あの2人は特別な雰囲気を感じる」
元々、2人はずっと一緒にいたらしい。
だから当然なのかもしれないが……。
「本当は想いあってるのかもな」
身分差からどうにも出来ないだけであって、本当は……。
思えば出会いからして、そうだった。
アシュヴィンと対峙した風早の元に現れたのは、千尋だった……。
敵であるアシュヴィンに対しても怯むことなく、風早を助けようとしていた。
(馬鹿馬鹿しい……)
どちらにせよ、千尋はもうすぐ自分の物になる。
一応形だけは。
「俺が欲しい物は、そんな物じゃないのにな」
「…何が?」
「!!」
アシュヴィンの元に現れたのは、今考えていた人物だった。
「いつからそこに……」
「え?ほんの今だよ。何だかアシュヴィンが考えてるみたいだったから……何かあったのかと」
「…………………」
つい先ほど、考えていたのが漏れていたらしい。
不思議そうに見つめる千尋を、アシュヴィンは平静を装う。
「別に何でもない」
「えーー。何か欲しい物でもあるんでしょ?」
「………………………」
それが目の前にあると言ったら、どんな反応をするのか……。
実際は言う訳にはいかず、咄嗟に誤魔化した。
「どうやらお前、結婚に乗り気じゃないらしいな」
「!!」
一瞬、千尋の顔が強張った。
「お前、他に好きな奴でもいるんじゃないのか?例えば風早とか」
肯定されたら自分はいったいどうするのか……。
だが千尋は間抜けな顔をしている。
「へ?風早。まさか、それはないよ」
あっさり否定した千尋は、相当鈍いのか……。
少なくとも風早は想っている筈なのに…。
「ほーーー。それなのにまだ悩んでいたのか」
「仕方ないでしょ。結婚なんて一生のものなんだし」
「いい加減諦めろ。むしろ俺の妻になることをもっと喜んだらどうだ」
「もーー。あのねーー」
千尋は、アシュヴィンがあっさりと言うのが不満らしい。
「まあ、この結婚でもどうなるかわからないが……」
どんな勢力をつけても、あの敵に勝つ事が出来なければ一緒だった。
皇を討つ日が本当に来るのだろうか……。
そんな不安がアシュヴィンの心によぎった。
「大丈夫だよ」
暗い気持ちに差し込んだのは、一筋の光。
「私たちがいれば、きっといい方向に行く。…ううん、いい方向にするのよ!!」
千尋は強い眼差しで、力強く言い放つ。
その眼差しは、アシュヴィンが惹かれてやまないものだ。
「くっ……。そうだな」
「ちょ……。何で笑うのよ!!」
せっかく真剣に言ったのに、アシュヴィンが吹き出していた。
そんなアシュヴィンに千尋はむくれる。
「もーー。そんなに笑わないでよ」
千尋の言葉は、アシュヴィンの中にあったものを次々と消していく。
嫉妬、不安、恐怖。
「何とかなる…か」
「そうだよ!!」
優しく笑う千尋につられて、アシュヴィンも笑っていた。
「俺は全てを手に入れる」
そう決意しながら、アシュヴィンは見つめていた。
千尋のことを…。
~fin~
天岩戸イベント前。千尋がいないこと知ったアシュヴィンは…。
「千尋がいない?」
「はい…。昼間は見かけたんですが…」
夜遅くなってから、アシュヴィンは幽宮に戻ってきた。
リブの報告では千尋が、宮にいないという話だ。
「あいつ、どこに行ったんだ?」
(まさか、豊葦原に帰ったとか?)
先日、婚姻関係を結んだばかりだ。
それはないとは思うが、元々は政略結婚だ。
千尋自身、それを望んでいなかった事は知っている。
だが、王族としての務めとして受け入れていた筈なのに…。
「逃げ出したか」
思わず、そんな言葉がアシュヴィンから漏れる。
それと同時に、苛立つ自分に気がつく。
千尋がいないことでの、焦りと苛立ち。
そんな感情がアシュヴィンの中で、騒いでいる。
「や、それはないと思いますよ」
「何?」
「実は、殿下が小競り合いに巻き込まれたかもしれない、という話をしまして……」
リブから聞いたのは意外な話だった。
「姫はそれを大層心配されてました」
「千尋が?」
「はい。だから殿下を探しに行ったのかもしれません」
「いや……でもな」
一瞬、喜んだ自分がいる。
―――しかし、千尋が自分のために、そこまでするだろうか?
「まあ、いい。しばらくして戻らないようなら、探してくれ」
「わかりました」
アシュヴィンはリブを下がらせ、自室へ戻る。
庭からよく見知った声が、聞こえてきた。
「ありがとう。遠夜」
それは千尋の声。
だが、その口からは別の男の名を呼んでいる。
それは、先ほど芽生えた感情が更に膨れ上がっていた。
「夜歩きとは…大層な趣味をお持ちで」
不意に出た言葉は、そんな皮肉からだった。
「アシュヴィン……」
千尋に近づいていくと、千尋はすごい驚いている。
他の男に会っている所を、一応夫であるアシュヴィンに見つかったからだ。
そんな事を、考えてしまう。
だが、そんな考えもすぐに消えた。
「無事だったんだ……」
そう言いながら、千尋はボロボロと泣き出す。
泣いたかと思えば、今度は自分の部屋と戻っていく。
「何なんだ……。あいつは」
走った千尋の背中を、アシュヴィンは呆れながら見つめる。
そんな中不意に、先程のリブの言葉が過ぎった。
『殿下が小競り合いに巻き込まれたかもしれない、という話をしまして……
姫はそれを大層心配されてました』
『無事だったんだ……』
「!!」
その言葉と千尋の涙が、同時に浮かぶ。
千尋は、アシュヴィンの事を心配していた。
そしてアシュヴィンの事を今まで探していて、姿を見つけた時に安堵して泣き出した。
「俺は……あいつに心配されてたのか…?」
その事実に、アシュヴィンは酷く落胆した。
心配してくれた千尋を傷つけた。
他ならぬ自分が。
「くそっ…!!」
アシュヴィンは、すぐに千尋を追いかけていた。
千尋は、千尋なりにアシュヴィンを想っていた。
だが、アシュヴィンは千尋を想うどころか傷つけてしまった。
その事を深く後悔し、千尋の元へと急いでいた。
(俺はあいつに……笑っていてほしいのに…)
閉ざされてた天岩戸は、何とかして開かれた。
だが、その目はやはり赤かった。
それでも千尋はアシュヴィンに笑いかける。
「約束、必ず守ってね」
「ああ」
(参った……な。これは)
良くも悪くも、目の前の少女に振り回されている。
そしてそんな自分が、嫌ではない。
「…お休みなさい」
「お休み」
そしてその言葉がずっと聞くことが出来ればいいのに ……。
だが今は……あの笑顔を守る事だけを考えよう…。。
そんな事を考えながら、アシュヴィンは部屋へと戻った。
~fin~
ED後。ある日の二人の休日。
それは、ある昼の出来事。
「ねえ、アシュヴィン」
「何だ、千尋」
「この体勢……つらくないの?」
「別に、たまにはな……」
「でも……やっぱり起きる!!」
しかしそれは叶わず、アシュヴィンの手によって防がれる。
「ちょ……、アシュヴィン!!」
「俺の楽しみをとるな」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
千尋は下から、アシュヴィンを軽く睨む。
アシュヴィンには、まったく効果がなく楽しんでいる。
「大体何をそんなに恥ずかしがる?」
「だって……」
「いつもお前がやってることだろうが」
「それは私がアシュヴィンに……でしょ?」
「だから、たまには俺からもいいだろう」
「よくない!!恥ずかしいもの……。膝枕なんて」
それはまだ数時間前。
2人で食事を取っていた時の事。
「千尋?眠いのか」
「んー。そうじゃないんだけど……」
千尋はそう言うが、半分は意識を手放しそうになっている。
きっと横になったら、すぐに寝てしまうだろう。
「だったら、少しは横になったらどうだ」
「でも、せっかくのお休みなのに……」
「休息を取る事も必要だろう。いつもお前が言ってることだ」
「けど……」
「千尋」
休もうとしない千尋に、アシュヴィンは少し強めで名を呼ぶ。
「だって、もっと……アシュヴィンと…一緒にいたいのに…」
途切れ途切れになってしまっているが、それはアシュヴィンにとって予想外だった。
「まったくお前は……」
アシュヴィンは観念したかのように、千尋を抱き上げた。
「っ!!…アシュヴィン!!」
千尋が抗議をする間もなく、アシュヴィンはベッドへと千尋を運んだ。
「いいから、少し寝ておけ」
「アシュヴィンは?」
不安そうに見つめる千尋に、アシュヴィンは少し笑う。
「心配しなくてもここにいる」
「ん……」
その言葉に安心したかのように、千尋はすぐに目を閉じた。
そして次に目が覚めた時に、千尋は驚いた。
気がつけば、千尋はアシュヴィンに膝枕をされていたから。
「もー。いい加減起こしてよ」
「たまにはこういうのも、新鮮だろう」
「でも、ずっとこうしてたら、アシュヴィンだってつらいでしょ」
だから起こしてと、千尋は言うが、アシュヴィンはやめる気がない。
「お前だって疲れているだろう。もう少し休め」
「こんな状態じゃ、無理だよっっ」
「俺はお前の寝顔を見るだけで、癒されるがな」
「え…」
「お前は幸せそうに……眠るから」
アシュヴィンの言葉は、千尋にとって意外だった。
まさか、自分の寝顔をそんな風に見られていたとは…。
「……だったら」
「!!!」
千尋は少し身体を起こして、アシュヴィンの手を引っ張った。
突然の事に対処できなかったアシュヴィンは、そのまま千尋と共に横になる。
「お前な……」
「一緒に寝よ」
驚くアシュヴィンに、千尋は意地悪く笑う。
「……わかった」
千尋の言葉に負け、アシュヴィンもまた眠ることにした。
隣にある温もり感じながら……。
~fin~
「咲き乱れた花になる」の直後のお話。アシュヴィンから逃げる千尋は…。
――今まで知らなかった感覚……。
それを知った時、私はどうしていいかわからなかった……。
その日は、朝から皇が駆け足で移動していた。
アシュヴィンが1人の采女に声をかける。
「おい、千尋知らないか?」
「いえ……先程は見かけたんですが……」
「あいつ、どこに行ったんだ…」
「多分、遠くには出かけてないとは思うんですが……」
「わかった」
アシュヴィンはそのまま再び、歩き出した。
(朝からどこに行ったんだ)
アシュヴィンは朝からずっと、千尋を探し続けていた。
一度も見かける事はなく、采女たちも知らないほどだった。
それがアシュヴィンには気にかかっていた。
「はぁーーー」
一方の千尋は、近くの野原で横になっていた。
「私……、何やってるんだろ」
千尋は朝から宮を抜け出してきた。
それは心は静まることなく、落ち込んでいた。
「でも……、アシュヴィンと顔を合わせられない……」
特にアシュヴィンと喧嘩をした訳ではない。
ただ一方的に、千尋がアシュヴィンから逃げているのだ。
「…どうしよう……」
千尋は大きく息を吐いた。
あの日から、千尋は自分が冷静でいられなくなった……。
アシュヴィンと会えば動揺して、どうしていいかわからなくなる。
恥ずかしくて、逃げ出したくなる。
「…馬鹿みたい。私…」
―――アシュヴィンに心配をかけて、それでも何も出来なくて……。
「ほんとにな」
「!!」
千尋の思考を遮ったのは、今考えていた相手だった。
その声に応じて、千尋は身体を起こす。
千尋が起きた先には、アシュヴィンがいた。
「あ……アシュヴィン…」
「全く探したぞ。誰にも言わず1人で出かけるとは……」
千尋に近づいてくるアシュヴィンに、千尋は反射的に後ろへと下がる。
「何故逃げる?」
「逃げてなんか…」
「嘘つけ。お前、朝からずっと俺から逃げてるだろう」
「…っ!!」
千尋はアシュヴィンの言葉に黙ってしまう。
それは『肯定』と同じ意味だった。
「千尋……。どうした?何故俺を避ける」
「それは……」
「結構、俺はお前に逃げられると堪えるんだが……」
「……」
気がつけば、アシュヴィンは千尋の目の前まで来ていた。
千尋は逃げずに固まっている。
「俺が何かしたのなら詫びるから、理由を聞かせてもらえないか…?」
どこまでも優しいアシュヴィンの声。
その心地よさに千尋は、甘えたくなる。
「それとも……この間の事を怒ってるのか?」
「!!」
その言葉に千尋は覚醒し、顔が紅くなる。
アシュヴィンはそんな千尋の様子から、逃げた理由がこれだと思った。
「無理をさせたのは……悪かったが……。それとも嫌になったのか?」
「……」
「俺に抱かれるのは」
「!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋は何も言えなくなる。
だが、それはどうしても伝えなくてはならない。
千尋は小さい声で、アシュヴィンに訴える。
「ちが……違うの…」
「なら…何だ?」
アシュヴィンは優しい声で、再び語りかけてくる。
千尋が言うまで、何時まででも待つつもりだろう。
それが千尋には、よくわかった。
「は……」
「は?」
「恥ずかしかったの……。あれからアシュヴィンと会うと、どうしていいかわからなくなって……」
――あの日、アシュヴィンに触れられた夜。
アシュヴィンの優しさが、とても嬉しかった。
幸せだと思った。
けど、アシュヴィンによって翻弄される自分は、今まで知らなかった感覚。
そんな自分を知って、アシュヴィンに嫌われるかと思った。
それと同時に、恥ずかしくて仕方がなかった。
アシュヴィンを知って、前よりも好きになっていたから……。
「恥ずかしくてどうしていいかわからなくて……。アシュヴィンに会うと、冷静になれなかったの」
「…………………」
千尋の言葉にアシュヴィンは……。
「くっ……!!」
「なっ!!」
アシュヴィンは急に笑い出した。
「何で笑うの!!」
「いや……。俺はてっきりお前に嫌われたかと思ってさ。だが……」
「!!」
アシュヴィンは千尋を引き寄せ、自分の腕の中へと導いていく。
「その言葉は、俺への愛の告白として受け取ってもいいのだろう?」
「…なっ!!」
「だってそうだろう?俺と会って冷静になれないのは、俺の事が好きだという証だ」
「!!」
「違うのか?千尋」
「違わない……」
アシュヴィンの余裕の笑みが今の千尋には、憎くて仕方がない。
千尋は恨みがましく、アシュヴィンを見つめる。
「お前が嫌なら、俺も触れるのはやめる。また、逃げられてはかなわないからな」
「……」
「千尋」
アシュヴィンはずるいと思った。。
いつもそうやって、千尋に逃げ道を作ってくれる。
悪いのは逃げていた千尋の筈なのに、それを責めずに優しく問いかけてくる。
その優しさが、千尋には嬉しい。
「やめないで…。アシュヴィン……、もっと触れて?」
「ああ。そうさせてもらう」
アシュヴィンはその言葉通りに、千尋に口付けていた。
「俺はお前がいないと、仕事も出来ないらしい」
「!!」
「覚悟しろよ。千尋」
「え……ええ?」
アシュヴィンの言葉に、千尋は戸惑うしかなかった。
~fin~
「その想いの果てに」「愛を知ったその先に」の続き。完結編。
―――答えはきっと、ただ一つ。
「き……来てしまった」
夜がさらに更けた頃、千尋は再びアシュヴィンの部屋の前へと来ていた。
ほんの数時間前までは、すぐにノックする事が出来た。
だが今は、それすらも出来ない。
「ダメだわ。それでは来た意味がない」
千尋は大きく深呼吸をして、そのままノックをした。
―――コンコンッ。
「何だ。今頃」
アシュヴィンは、未だ眠れずにいた。
千尋が訪ねて来る前も千尋の事を考えて。
部屋に送った後も千尋の事を考えていた。
会えた事で、苛つきは治まったものの、逆に募ったのは愛しさ。
その笑顔を見るだけで、自分の想いが癒されていく。
そんなことを考えながら、アシュヴィンは起きていた。
深夜の訪問者に驚きながらも、急用かと思い、その身を起こした。
その扉を開けると、アシュヴィンは息を呑んだ。
「……一体なん…だ。……千尋」
そこにいたのは、先程部屋まで送った妻がいた。
「え…と。来ちゃった」
「来ちゃったって、お前……」
流石のアシュヴィンも驚きを隠せない。
訪問者が千尋であった事と、先程の事もある。
一体、千尋は何しに来たのだろうか…?
「とりあえず、入れ。もう夜も遅いからな」
「うん……」
遅い時間に話をしているとわかれば、臣下たちに迷惑になる。
仕方なしに、アシュヴィンは千尋を部屋へと招きいれた。
「で。どうした?」
「え…と」
「何かあってまた来たのだろう?」
「うん……。そうなんだけど」
アシュヴィンのベッドに腰掛けている千尋は、先程から俯いている。
何か言いたそうだが、それを伝え切れずにいた。
「千尋?」
アシュヴィンとしては、早く決着をつけて欲しいところだ。
この状況がアシュヴィンとしては、まずい。
夜に寝室に2人きり。
その傍らにいるのは、愛する妻。
その状況だけで、アシュヴィンはどうにかなりそうだ。
はっきりしない千尋に、アシュヴィンが切り出した。
「千尋。先程俺が言った意味、わかってるんだろう」
「……うん」
「なら、何故ここに来た?」
「あの、あのね」
「ん?」
「……っ」
「落ち着け。ゆっくりでいい」
アシュヴィンは千尋を怖がらせないため、少しでも優しく努める。
そのアシュヴィンに優しい微笑みに、千尋は泣きそうになった。
千尋はアシュヴィンの服の裾を掴み、ようやく口に出した。
「私、アシュヴィンの事、好きだよ」
「………何だ、急に…。って何泣いてるんだ!!」
「だって……私…。私……何もわかってなかったから……」
「千尋…?」
「アシュヴィンが望んでた事、ちゃんとわかってなくて。私が子供だったから……」
泣き出してしまった千尋に、アシュヴィンはそっと抱きしめた。
「だから、待つって言ったんだろ。お前の気持ちがそうなるまでな」
「……!」
アシュヴィンは再び、千尋に優しい。
その優しさが千尋にとっては、悲しくなってくる。
自分がこんなにも彼に気を遣わせていた事に。
「アシュヴィン……」
「!!……千尋っ」
千尋はその名を呼び、そっと唇を重ねた。
それは珍しい千尋からの口付け。
その行動にアシュヴィンは動揺した。
その様子を見て、千尋の心も少し和んだ。
「ば…馬鹿。何で今こんなこと……」
「したかったから……だよ」
「千尋?」
「今、アシュヴィンと……したいって……思ってるんだよ」
ようやくアシュヴィンはわかった。
千尋がここに来た理由を。
「はーーーーーーーーーーーー」
アシュヴィンは深い息を吐いた。
「あ、アシュヴィン?」
「お前な。そんな事言われたら……」
「言われたら?」
「止まらなくなる」
「!!…んっ」
アシュヴィンは千尋の身体を引き寄せると、すぐに口を塞いだ。
先程の千尋の口付けとは違い、深いもので。
「んっ……。ぅ……」
その激しい口付けは千尋の力を奪っていく。
―――トサッ。
気がつけば、千尋はベッドへと押し倒されていた。
千尋が見上げる先には、アシュヴィンの顔。
千尋の顔の脇には、アシュヴィンの手があった。
それはまるで、逃がさないとでも言うような。
「アシュヴィン?」
「もう一度だけ聞く。逃げるなら今だぞ」
「……逃げないよ。だから…」
今でも、千尋に逃げ道を作ってくれるアシュヴィンが優しい。
それでも、千尋は目を逸らさずに、自分からアシュヴィンの首に腕を絡ませた。
「あなたの事、教えて」
「わかった」
アシュヴィンは、それに応えるかのようにそっと口付けていた。
「っ……」
その口付けの中で、アシュヴィンは千尋の服を脱がせていく。
「あ……っ。ん……」
羞恥に声を出そうとすれば、その唇で塞がれる。
千尋の些細な抵抗もアシュヴィンには、堪えない。
「どうした?」
「は……恥ずかしいから……。見ないで」
恥ずかしさからか、どうしても言わずにはいられない。
アシュヴィンはそんな千尋には、余裕の表情で笑う。
「無理だな。もっと、よく見たい」
「っっ!!!」
「こんなに綺麗なのだからな……」
「嘘……」
「嘘じゃない。この白い肌も、この身体も、それにお前の顔が紅く染まるのも……全部見たい」
「!!」
月明かりの中で、アシュヴィンの前に全てさらけ出していた。
その千尋の全てをアシュヴィンは、優しく触れる。
「千尋…」
「………っ!!」
アシュヴィンの熱が、千尋を溶かしていく。
千尋はその熱に耐えながらも、アシュヴィンの声を聞いた。
「千尋。愛してる」
「……っ」
千尋は何も言えずに、代わりに涙だけが流れた。
その涙をアシュヴィンが優しく拭う。
その動作にまた、泣きたくなった。
覚えているのは、アシュヴィンの熱さと痛みと、優しい声だけだった。
「……んっ」
千尋は、窓から差し込む陽射しで目が覚めた。
瞼が少し重いのと、身体がだるく感じる。
「……っ!!」
千尋はその光景に思わず、叫びそうになった。
目の前には眠っているアシュヴィンの顔。
身体はアシュヴィンによって、拘束されている。
そして2人とも裸のままだった。
それにより、昨夜の事が鮮烈に思い出されていく。
(そうだ…!!私、アシュヴィンと……)
アシュヴィンに抱かれて、解放されたのはいつだったかも覚えていない。
気がつけば、アシュヴィンに全てを委ねていた。
(思い出すと、私とんでもない事言った気がするし……)
その光景を思い出すだけで、千尋の身体が熱くなっていく気がする。
(それにしても……整った顔……だな)
千尋は隣に眠るアシュヴィンの顔を、改めて見た。
その目は閉じられていて、眠っている姿でさえ見惚れてしまう。
(何か、得した気分!!)
こんなアシュヴィンを知っているのは、千尋だけだ。
その事実に自然と顔が綻ぶ。
「あっ。でも、今日も仕事だっけ。起きないとまずいかも……」
それどころか、自分の部屋は今は誰もいない。
采女が探しに来て、こんな姿を見られたら……。
「起きなきゃ…」
千尋はアシュヴィンの腕から何とか逃れ、その場から離れようとする。
だが……。
「ひゃ……」
その手は急にベッドへと引き戻された。
「一人で勝手に起きようとするは、随分冷たいんだな」
「あ……アシュヴィン!!起きてたの? 」
「隣で動いてれば、自然と起きるだろう。それに急に温もりがなくなったしな」
その温もりを手放さないために、アシュヴィンは力を込める。
「アシュヴィンっ。ダメだよ。もうすく采女が来ちゃうし、私の部屋も私がいないから探しちゃうし」
「大丈夫だろう」
慌てないアシュヴィンに、千尋は焦る。
「何でよーー」
「半刻前、リブに伝えたしな」
「え……」
「お前が眠ってた頃、リブが声をかけてきた。もちろん扉越しでな。内容はお前の行方だ」
「そ……それって」
「とっくに、お前が部屋にいないのが采女に知れて、リブに聞いたんだろうな。リブはその辺は察しがいいから、扉越しで聞いてきた」
「皆に、バレてるってこと?」
「そういうことだ。夫婦でいるのがわかって、邪魔する奴はいないだろう……それに」
アシュヴィンは、不敵に笑う。
「それに?」
「それに、まだ足りないんだが」
「!!」
「今日はせっかく2人とも休みにした事だしな」
「ちょ……。私は無理だからね」
アシュヴィンの言葉に、千尋は慌てる。
流石にこれ以上は千尋の身体が持たない。
そんな千尋を見て、アシュヴィンは笑う。
「……っ。からかったの!!」
「いや、俺としてはどっちでもいいんだが。そういう反応が面白くてな」
「もーーーー」
「悪かった。機嫌直せ」
これ以上、からかうと喧嘩になりかねない。
「でも、休みは本当だ。だから、のんびりするか。2人で」
「そうだね」
アシュヴィンはジッと、千尋の顔を見つめる。
「アシュヴィン?」
「いや、朝起きて一番に見るのがお前だといいと思ってな」
「あ……」
「その顔と……それに身体もな」
「…っ!!」
千尋は自分の姿が未だ裸だという事を、ようやく思い出した。
「馬鹿ーーっ」
千尋は掛けていた布団の中へと潜り込んで、身を隠す。
「今更……。昨日はあんなに」
「それ以上言ったら怒るよ!!」
アシュヴィンはそれ以上何も言わなかったが、笑っているのがわかる。
それに応じて、千尋は拗ねるばかりだ。
「俺が悪かったから、出て来てくれ。これだと口付けも出来ない」
「もー知らない!!」
「千尋……」
本当はもっと怒っていたいが、場所が場所だけに諦める。
「…………もっと、優しくしてくれたら」
「わかった。約束する」
「本当に?」
「ああ」
その声に負けて、千尋は顔を出した。
結局はアシュヴィンには弱いのだ。
「それにまだ言ってないだろう」
「?」
「おはよう、千尋」
「あ…。おはよう……アシュヴィン
千尋は朝の挨拶を交わせた事に、嬉しさを感じた。
2人の1日はまだこれから、始まる……。
~fin~
「その想いの果てに」の続き。千尋サイド。
―――結局、何もわかっていなかった。
「……はぁ…」
夜も更けた頃…。
千尋は1人、ベッドの上で息を吐いた。
先程までは、アシュヴィンと一緒にいた。
今まで忙しくて会えずにいた、アシュヴィンに会いに行った。
けれど……。
会う事は出来た。
だが、すぐに部屋に戻されてしまった。
『こんな夜遅くに訪ねて来るなんて、何されても文句は言えない』
そう、アシュヴィンが千尋に言った。
その事が千尋の頭から離れずにいる。
今まで考えなかった訳ではない。
アシュヴィンが千尋に望んでいる事。
求めている事。
実際、夫婦なのだからあって当然なのだ。
だが、アシュヴィンはそれをしなかった。
アシュヴィンは大人で、優しいからだ。
千尋は、子供でわかっていなかった。
「やっぱり、子供だ……。私…」
その事実に千尋は泣きたくなった。
―――アシュヴィンは、いつも私を気にかけてくれる。
結婚したばかりの頃、すれ違っていた時。
部屋にこもった千尋に、アシュヴィンはこう言った。
『俺は、いつもお前のことを考える』
その言葉通りに、アシュヴィンは千尋の事を大切に扱っていた。
それはとても、優しく。
甘い言葉も仕草も全て。
それに引き換え、千尋はアシュヴィンの望むものを何一つ返せていない気がした。
「私は、どうなの?ちゃんと……アシュヴィンに応えたいと思ってる?」
――アシュヴィンの事は、好き。
初めて会った時から、惹かれていた気がする。
その答えにたどり着くまでに時間がかかったけれど。
アシュヴィンの言葉に、笑顔にドキドキして…。
触れてくれるだけで、嬉しいと思う。
そうされると、ますますアシュヴィンが好きになって……。
「でも……怖いのかな」
それは千尋にとっては、未知の体験だ。
怖いし、どうしていいかわからない。
けれど…。
「それじゃ、ダメなんだ!!」
千尋は再び部屋を出て、アシュヴィンの部屋へと向かった。
~fin~
ED後。アシュヴィンが想い悩む事とは…。
「陛下、何やら機嫌が悪いみたいですが」
「言うな。リブ」
「大体予想はつきますがね」
「…………………」
リブの言葉に、アシュヴィンは黙るしかない。
先程から、アシュヴィンは少し苛ついていた。
最近、以前よりも仕事が多忙になっている気がする。
それは気のせいではなく、国との取引、国の建て直し、国民の生活。
考える事は山ほどあり、減る事はない。
朝早い時や夜が遅い時もあり、不規則な生活を強いられている。
それは、アシュヴィンも十分に分かっている。
だが……。
「最近、妃様とお会いしていないからお寂しいんですか?」
「はっきりと言うな、リブ」
リブの言葉は正しく、それはアシュヴィンの心を更に重くした。
互いが忙しく、生活が不規則だ。
それに伴い、夫婦の時間は減っていく。
おかげで同じ宮にいるはずなのに、千尋に会えないままで一日は終わる。
仕事が終わり、夜遅く会いに行っても千尋を気遣ってしまい、部屋に戻ってしまう。
そして、それともう一つ理由がある。
「くだらないことを言ってないで、仕事を続けるぞ」
「はい、わかりました」
リブが持ってくる仕事に追われながら、今日も一日が過ぎていく。
「今日はこれで終わったか……」
アシュヴィンはようやく一息ついた。
だが、外の景色は暗い。
それは、夜を知らせる。
「今日も会いに行けなかったか」
アシュヴィンはそう思いながら、自室で身体を落ち着ける。
「……はぁ」
溜息を吐くと同時に、目を閉じる。
その意識の中には、記憶の中の千尋がいた。
(もうどれだけ、顔を見てないんだ)
本当は記憶ではなく、ちゃんと会いたい。
声が聞きたい。
笑顔が見たい。
触れたい。
抱きしめて…、それから。
「――――っ!!」
アシュヴィンは思い浮かべた事を、すぐさま消した。
「馬鹿馬鹿しい」
本当は、千尋を自分のものにしたい。
その身体に、触れて、自分の手で滅茶苦茶にしたいのに。
千尋に会えば、その理性が脆く崩れそうな気がした。
夜遅くに会えば、尚更。
千尋が欲しくなる。
「今までこんな事は、なかった」
1人の女に振り回されているなんて、皇が情けない。
「それでも、会いたいなんてな」
―――コンコンッ。
扉をノックする音が聞こえた。
「?」
(リブか?)
アシュヴィンが不意にそう思い、扉に近づいていく。
だが、そこにいたのは…………。
「千尋」
「来ちゃった」
笑顔で立っている千尋がそこにいた。
「何で、ココに?夜這いか」
「!!!ば、馬鹿!!アシュヴィンに会いに来たに決まってるでしょ!!」
「俺に?」
「だって、最近会えないからこうして会いに来たの」
「お前が俺の部屋に来るなんて、珍しいな」
いつもは殆ど、アシュヴィンが千尋に会いに行く。
「アシュヴィンが……」
「俺が?」
「疲れてると思って…。だから会いに行くと余計に疲れちゃうと思って」
「……………………………」
それは先程まで、アシュヴィンが考えていた事と同じ事だった。
「アシュヴィン?やっぱり疲れてるの?」
「いや……」
千尋はアシュヴィンがとどまっている事でも、軽く乗り越えてしまう。
「千尋……」
「ひゃっ……」
アシュヴィンは千尋に触れ、その身体を抱きしめていた。
その小柄な温もりは、恋焦がれていたものだ。
「どうしたの?急に……」
「お前は本当に予想もつかないことをする」
「アシュヴィン……」
「………部屋まで送る」
「え?何で急に……」
アシュヴィンの言葉は千尋にとって、思いもがけない言葉だった。
「こんな夜遅くに訪ねて来るなんて、何されても文句は言えないぞ」
「……っ」
その言葉でわからないほど、千尋も鈍くはない。
「わかったらとっとと戻るぞ」
「……っ。でも、私…」
「千尋?」
「もう少し、一緒にいたい。アシュヴィンと」
「………………」
その言葉は、きっと千尋にとって純粋な願い。
本当にアシュヴィンと一緒いにいたいという、願いだった。
無垢であり、純粋。
それが千尋だった。
「仕方ない。もう少し、お前に付き合ってやるよ」
「アシュヴィン……」
「ほら行くぞ」
「待ってよっ」
アシュヴィンは、千尋の部屋へと向かい歩き出していく。
その後に、すぐさま千尋が追いかける。
「ごめんね……、アシュヴィン」
「何で、謝る?」
「え……と」
千尋は何と言っていいかわからず、俯いてしまう。
「もう少し、待ってやるから」
「うん……」
アシュヴィンの言葉に、千尋は頷く事しか出来なかった。
ED後。ある夜、千尋が思う事は…。
それは暑い日の夜。
千尋はぼんやりと窓の外を眺めていた。
「何か、面白いものでもあるのか?」
「アシュヴィン……」
そんな妻の様子にいち早く気づくのは、夫であるアシュヴィンだ。
「うーーーん。ちょっと思い出しちゃって」
「何をだ」
「向こうにいた世界の事」
「向こうの……?」
千尋に以前に聞いていた話がある。
千尋が5年もの間、豊葦原とは違う別の世界にいたことを。
「うん……。こういう暑い時期のある日の夜にお話があってね」
「ほう……」
千尋の話に、アシュヴィンも耳を傾ける。
「年に1度だけ、会う事を許された恋人同士のお話」
「1度?何でだ」
「えーーと。織姫のお父さんに離れ離れにされて、好きな人に会う事を禁止されたの。
でも1年の決まった日の夜だけ、会う事を許されて……」
「その日が終わったら、また会えなくなるのか」
「うん……。また1年後の同じ日にならないと会えないの……」
「それはまた…、すごい話だな」
「でも、そのお話にあった星が空に輝くから、みんなでそれぞれお願い事をするんだよ」
「それは叶うのか……?」
「うん。そういう日なら、些細なことでも叶いそうでしょ?」
笑顔で語る千尋にアシュヴィンは呆れた。
「途方もない話だな」
「もーー。夢がないんだから」
拗ねてしまった千尋に、アシュヴィンが外の空を見上げる。
「俺ならごめんだな」
「え?」
「願うよりも自分の力で叶える方が効果的だ」
「そう言うと思った」
「そうか」
アシュヴィンはその言葉通りにしてしまう『力』を、持っている。
願うだけでなく、その願いを実現させてしまう『力』が。
「でも……さ」
「?」
「私はこうしてアシュヴィンと毎日いる事が出来て……、やっぱり嬉しい……かも」
「………………………………」
思いもがけない千尋の言葉に、アシュヴィンは固まる。
「きっともう、ずっと会えないなんて耐えられないと思っ……んんっ」
気がつけば千尋の言葉は、アシュヴィンによって塞がれる。
「もう!!いきなり……何っ」
口付けから解放され、アシュヴィンの腕の中に千尋はおさまる。
「いや、お前からそんな言葉が聞けるなんてな」
「あっ……と」
千尋はようやく自分の言葉を自覚し、腕の中で紅くなる。
「俺も……」
「え……」
「もう俺は手放せない。きっと離れ離れになっても、無理やりでも会いに行くさ」
「アシュヴィン……」
アシュヴィンは千尋の顔を自分の方へと向ける。
「さて……と。一緒にいる俺たちは、今宵の逢瀬を楽しもうじゃないか」
「!!……馬鹿」
千尋は逃げようとせず、アシュヴィンの次の行動を待った。
程なくして、再び唇を重ねる。
その口付けはより、深いものとなっていた……。
想いを誓い合うように……。
~fin~
ED後。ある日、千尋は体調を崩してしまい…。
「ーーーっくしゅん!!」
「妃様?」
千尋のくしゃみに、采女が駆け寄ってくる。
「お風邪ですか?」
「違うよっ。ただくしゃみが出ただけで」
「でも……」
「大丈夫!!」
千尋は、安心させるために笑う。
「今日も仕事が忙しいから休んでられないよ」
千尋は今日も仕事を始めることにした。
「…………………」
「妃様?」
「あ、ごめん」
「どうかされのですか?何度も呼んでいたのですが」
「えーーと、ごめんなさい」
何度か文官が声をかけていたらしい。
だが、千尋は少しボーッとしていた。
(何かちょっと、寒気がするかも……)
身体も少し熱く感じる。
朝のくしゃみ通りに、千尋は風邪を引いたらしい。
(でも、仕事はまだ沢山あるし…)
休んでしまっては、色んな人に迷惑がかかる。
そう思い、千尋は再び仕事に取り掛かる。
だが……。
「あ……あれ?」
急に千尋にめまいが襲い、その場に崩れ落ちた。
「妃様!」
千尋は遠くで文官の声を聞きながら、目を閉じた。
「あ……あれ?」
千尋が目を開けると、そこには自室の天井だった。
「私…?」
「お倒れになったんですよ、妃様。だからあれほど言ったのに…」
「う…」
開口一番に言われたのは、采女のからの説教だった。
「やっぱり、お風邪と疲れみたいですね」
「ごめんなさい……」
千尋は素直に謝るしかなかった。
「一応、アシュヴィン様にも連絡を……」
采女は千尋の様子を確認してから、アシュヴィンに伝えようとしていた。
「待って。……アシュヴィンには伝えないで」
「どうしてですか?」
「アシュヴィンは……、忙しいから……。こんな事で迷惑をかけたくないの」
「妃様……」
国のために忙しいアシュヴィンに、余計な負担を増やしたくない。
「わかりました……。ではもう少しお休みください」
「うん……」
千尋は再び、眠りについた。
「だ、そうですよ。アシュヴィン様」
「………」
部屋の外には、アシュヴィンとリブがいた。
アシュヴィンは、文官からリブへといち早く伝達され、様子を見に来ていた。
「だから、もう少し様子を見たほうがいいと言ったのに」
「そうは言っても、来たかったんだから仕方がないだろう」
言い争う2人に、部屋から采女が出てきた。
「妃様は、落ち着いて休まれています」
「わかった。あとは俺がついてる」
当然のように言うアシュヴィンに、采女は驚いている。
「アシュヴィン様……それは」
「言い出したら、聞きませんから。この方は」
「そういうことだ。リブ、あとはお前に任せる」
「御意」
リブはその場から離れ、歩き出していた。
「では、何かあったらお呼びください」
「ああ…」
采女が頭を下げ、アシュヴィンは頷く。
アシュヴィンはそのまま、千尋が眠っている部屋へと入った。
「全くコイツは……」
千尋はすやすやと眠っているが、少し汗ばんでいる。
アシュヴィンはその汗を拭き取りながら、千尋の顔を見ていた。
「ん……」
千尋がふと目を開ける。
するとそこには……。
「起きたか」
「アシュヴィン!!な、何で」
驚きのあまり、千尋は身体を起こそうとするが、すぐに押し止められる。
「寝てろ。まだ、熱が高い」
「う……うん」
「文官たちがすぐに、俺に知らせてきたぞ」
「えーー。そうなの」
「ああ。だから様子を見に来た」
「ごめん。忙しいのに」
落ち込んで謝ってしまう千尋に、アシュヴィンは頭を撫でた。
「馬鹿だな。大事な妻が寝込んでるのに、来ないわけないだろ」
「アシュヴィン……ありがと」
その言葉に自然と嬉しくなってしまう。
「こういう時は、素直だな。お前は」
「そうかな……」
「ああ……」
アシュヴィンは優しく微笑み、千尋を見つめる。
(何か、得した気分)
思いもがけず、アシュヴィンといられて。
不謹慎だが、喜んでしまう。
「何か、してほしい事あるか?」
「アシュヴィンがそんな事を言うなんて……」
「お前、俺を何だと……。じゃあ、やめるか」
「あ、嘘です。ごめんなさい」
「で、何をしてほしい?」
千尋は少し考えて、それから……。
「手、繋いでてほしい……」
「ああ」
アシュヴィンはそっと、千尋の手を繋ぐ。
「しばらくこうしててね」
「ああ。離さないから安心しろ……」
「うん……」
「いつもこうして甘えてくれればいいのにな」
「? 何か言った?」
「何でもない」
千尋はその日、安心して休む事が出来た。
アシュヴィンの隣で……。
~fin~
ED後。ほんの些細な事で、喧嘩になってしまった2人は。
「もーーーー。アシュヴィンの馬鹿ーーーっ」
「おいっ。千尋!?」
千尋はアシュヴィンから逃げるように、自室へ駆け込む。
その後は、お得意の引き篭もりだ。
「マズッた……」
アシュヴィンは後悔するばかりだった……。
(アシュヴィンは何もわかってないんだからっ!!)
千尋は先ほどまでの事を、思い出していた。
「今日は出かけないか?千尋」
「え?」
それは忙しい合間の、アシュヴィンの誘い。
「ほんとに!!」
「ああ。たまにはな」
「うーーん」
千尋は思い巡らす。
(確かに、アシュヴィンと最近過ごせてないけど……でも…)
その忙しい中で、アシュヴィンは休養をあまり取ってはいない筈だ。
一緒にすごしたい反面、アシュヴィンに休養をとってほしい。
「どうした?駄目なのか?」
「でも、アシュヴィン。最近、少しも休めてないんじゃない?今は休養をとったほうが……」
心配する千尋をよそに、アシュヴィンは……。
「またか……。お前は心配すぎだ。俺はそんなことよりも……お前と」
「『そんなこと』じゃないの!!私は……」
アシュヴィンの言葉に、千尋はショックを受ける。
「~~~~っ」
「千尋?」
「もーーーー。アシュヴィンの馬鹿ーーーっ」
そう叫び、千尋は走り出していた。
(私はただ、アシュヴィンを心配してただけなのに……)
それを軽く受け止められてしまい、千尋としてはショックだ。
千尋はアシュヴィンの事が心配で堪らないのに。
―――コンコンッ。
「!!」
その音に千尋は、顔を上げる。
「千尋っ!!おい」
「……………………」
ノックをしているのは、当然アシュヴィンだった。
追いかけて貰って、千尋は不覚にも嬉しくなってしまう。
(だ……ダメダメッ!!私は怒ってるんだから!!)
「千尋……出て来い。俺が悪かったから」
「……………」
アシュヴィンの声に反応はない。
それは、千尋の怒りも大きいという事だ。
「悪かった、謝るよ」
「…………………」
「お前は俺の身体を気遣ったんだろう?それなのに……無神経な事を言って悪かった」
「……………………………」
「それでも俺は、お前と過ごす事が大事だったから…。一緒にいると気持ちが安らぐ」
「……………………………」
「だから、出てきてくれないか」
「………………………………」
アシュヴィンの声に一向に反応がない。
それでも構わなかった。
千尋が出てくるまで、いくらでも待つつもりだ。
―――キィィィ――――。
長くかかると思われた、その扉は意外にもすぐに開かれた。
「千尋……」
「アシュヴィン………わっ…」
千尋が扉を開けたと同時に、アシュヴィンはその腕を取った。
そして気がつけば、アシュヴィンの腕の中にいた。
「あ……あの…」
「すまなかったな。千尋」
「ううん。私もごめん。すぐに怒っちゃって」
ちゃんと話し合えば、こんな事にはならなかったのに。
「いいさ。お前が俺をそこまで想ってくれてるとわかって、嬉しいからな」
「うん……無理しないでね。一緒にいられるのは嬉しいけど、休みは取ってほしいから」
「そうだな……。今日は休むか」
「うん……。そうして?」
アシュヴィンは、千尋から身体を離した。
(自分で言っておいて、離れるとやっぱり寂しいかもっ)
「当然、お前も一緒だろ?」
「え?」
千尋が答える間もなく、アシュヴィンは千尋の身体を抱き上げた。
「ちょっ!!アシュヴィン!!」
「休むんだろう?2人でな。そうすれば、一緒にいられる」
「………うん」
千尋は顔を紅くしながらも、アシュヴィンの提案を受け入れた。
―――チュッ。
アシュヴィンがそっと、千尋のおでこにキスをする。
「これで仲直りだな」
「うん……」
千尋はアシュヴィンに身を任せ、アシュヴィンもまた歩き出していく。
部屋のドアは静かに閉じられた。
~fin~
笹百合イベント後。アシュヴィンの言葉が忘れられない千尋は…。
「もう……会わないほうがいいのかもしれんな」
「え……?」
アシュヴィンと笹百合を見て、天鳥船に送ってもらう。
その時の言葉だった。
千尋はその夜、眠る事が出来ない。
「何で……、アシュヴィンはあんなことを言ったんだろう……」
千尋に百合を挿すアシュヴィンの顔は、優しかった。
敵の皇子があんな風に接するだろうか?
それに。
『出来れば、戦場で死ぬ姿を見たくはない』
そう、彼は千尋に言った。
敵である千尋に。
「何で……」
千尋もまた、戦場では会いたくはない。
戦って、血を流す姿は見たくない。
「こんなこと、誰にも言えないな」
軍の将である千尋が言う言葉ではない。
言ってはいけない言葉だ。
「忘れなくちゃ……。アシュヴィンのことを。彼は、敵、なんだから」
そう口にするが、目を閉じればアシュヴィンの姿ばかり浮かぶ。
「………っ」
(私の感情は消さなきゃ……)
―――何で、私ががアシュヴィンのことばかり考えているんだろう?
―――何で、彼のことが、頭から離れないんだろう?
その問いに答える者はなく、代わりに千尋の目から涙が溢れる。
―――何で、私は泣いているの?
その答えは、わからないまま。
―――この涙もこの想いも、明日にはなくすから……。
―――だから…………今だけ。
―――今だけ………泣かせて。
千尋は願う。
その空には、星が瞬いていた。
紅く光る、一つの星が………。
それから…………。
アシュヴィンと再会した場所が、戦場である事を………。
千尋はまだ知らなかった。
~fin~
ED後。2人が出かけた先には…。
「アシュヴィン……」
「んー」
「いいのかなーー。まだお仕事残ってるのに」
「たまには休息も必要だろう」
「でも…………」
千尋とアシュヴィンは仕事を抜け出し、近くの山林まで来ていた。
2人は拓けた場所で、落ち着いてのんびりしていた。
アシュヴィンに至っては、横になっている。
「もーー。のんびりしすぎだよーー」
「せっかく2人でいるんだからいいだろ」
「アシュヴィン…………」
仕事を抜け出した罪悪感もあったが、一緒にいられて嬉しい気持ちの方が勝る。
「仕方ないなぁ」
「リブが何とかしてるだろ」
「でも……この状態……………」
「ん?」
アシュヴィンは横になっているが、頭は千尋の膝の上。
千尋に膝枕をされている状態だった。
「何か恥ずかしいというか……」
「そうか。俺はまったく気にならないが」
「気になるよ~~」
千尋はそうは言うものの、嫌ではない。
嫌だったら特に逃げ出している。
「こうして過ごせるのも、今が平和だからだろ」
「そう…だよね」
空を見上げると、青空が澄み渡っている。
「少し前までは考えられなかったね」
「ああ……」
こうしてのんびりと過ごすことも。
2人で一緒にいることも。
必死に戦ってきて。
敵同士だった2人。
それが今では……。
「アシュヴィン?」
急に静かになったアシュヴィンに声をかける。
すると…。
「すぅーーー」
「寝てる」
陽射しの暖かさから、アシュヴィンは気持ちよさそうに眠っている。
「もーーー」
寝てしまったアシュヴィンを、恨めしげに見つめる。
一向に起きる気配はなく、千尋はその様子を観察していた。
(やっぱり疲れてるのかな)
平和になったとしても、仕事は山積みだ。
日々忙しい中、アシュヴィンは殆ど休んではいない。
「しょうがない……か」
せっかくの機会なので、千尋はアシュヴィンの顔をじっと見つめる。
(こうして見ると、整った顔だな。綺麗というか)
男の人に綺麗などと言ったら、アシュヴィンは怒るだろう。
でも、アシュヴィンはその容姿からも、行動からも人を惹きつける。
そのため、アシュヴィンを慕う者は多い。
千尋もその中の1人だ。
「何か、得した気分」
今は、そんなアシュヴィンを独占できる。
アシュヴィンは無防備に、自分の傍で寝ている。
「少しでも癒せればいいな……」
――アシュヴィンの疲れも苦しみも、全部癒せればいい。
傍にいてそれが出来ればいい…。
そう千尋は思っていた。
千尋はずっとそのまま、アシュヴィンを見つめてのんびりと過ごす。
アシュヴィンが目を覚ますまで……。
2人の休息は静かに過ぎていく。
~fin~
「んー」
「いいのかなーー。まだお仕事残ってるのに」
「たまには休息も必要だろう」
「でも…………」
千尋とアシュヴィンは仕事を抜け出し、近くの山林まで来ていた。
2人は拓けた場所で、落ち着いてのんびりしていた。
アシュヴィンに至っては、横になっている。
「もーー。のんびりしすぎだよーー」
「せっかく2人でいるんだからいいだろ」
「アシュヴィン…………」
仕事を抜け出した罪悪感もあったが、一緒にいられて嬉しい気持ちの方が勝る。
「仕方ないなぁ」
「リブが何とかしてるだろ」
「でも……この状態……………」
「ん?」
アシュヴィンは横になっているが、頭は千尋の膝の上。
千尋に膝枕をされている状態だった。
「何か恥ずかしいというか……」
「そうか。俺はまったく気にならないが」
「気になるよ~~」
千尋はそうは言うものの、嫌ではない。
嫌だったら特に逃げ出している。
「こうして過ごせるのも、今が平和だからだろ」
「そう…だよね」
空を見上げると、青空が澄み渡っている。
「少し前までは考えられなかったね」
「ああ……」
こうしてのんびりと過ごすことも。
2人で一緒にいることも。
必死に戦ってきて。
敵同士だった2人。
それが今では……。
「アシュヴィン?」
急に静かになったアシュヴィンに声をかける。
すると…。
「すぅーーー」
「寝てる」
陽射しの暖かさから、アシュヴィンは気持ちよさそうに眠っている。
「もーーー」
寝てしまったアシュヴィンを、恨めしげに見つめる。
一向に起きる気配はなく、千尋はその様子を観察していた。
(やっぱり疲れてるのかな)
平和になったとしても、仕事は山積みだ。
日々忙しい中、アシュヴィンは殆ど休んではいない。
「しょうがない……か」
せっかくの機会なので、千尋はアシュヴィンの顔をじっと見つめる。
(こうして見ると、整った顔だな。綺麗というか)
男の人に綺麗などと言ったら、アシュヴィンは怒るだろう。
でも、アシュヴィンはその容姿からも、行動からも人を惹きつける。
そのため、アシュヴィンを慕う者は多い。
千尋もその中の1人だ。
「何か、得した気分」
今は、そんなアシュヴィンを独占できる。
アシュヴィンは無防備に、自分の傍で寝ている。
「少しでも癒せればいいな……」
――アシュヴィンの疲れも苦しみも、全部癒せればいい。
傍にいてそれが出来ればいい…。
そう千尋は思っていた。
千尋はずっとそのまま、アシュヴィンを見つめてのんびりと過ごす。
アシュヴィンが目を覚ますまで……。
2人の休息は静かに過ぎていく。
~fin~
ED後。千尋の視線の先には…。
「何だよ、千尋」
「え?」
「気がついてないと思ったのか?何か言いたげでこっち見てただろう?」
アシュヴィンの背中から、先程から視線が刺さっていた。
それの相手は千尋。
千尋は何も言わずにただ見ている。
アシュヴィンは当然それに気づいていた。
「いや、大したことないんだけど」
「けど?」
「アシュヴィンって髪長いなって」
「は?」
千尋の突然の言葉に、アシュヴィンは呆然となる。
「何かさ。改めてみると結構長いよね」
「そうか?そんなの今まで気にしたこともない」
「そうなの?」
「男と女じゃ違うんじゃないのか?」
「そういうものなのかな……」
「それに……」
アシュヴィンは千尋の頭を撫でた。
「?」
「お前はあの時、自分で切ったしな」
千尋は襲われた時に、断ち切るために自分の手で髪を切った。
「あれは、あの方法しか浮かばなかったんだもん」
「女は髪を切るだけでも、結構重要だろ」
「そうだけど……、アシュヴィンは髪の長い人の方がいいの?」
そう言って、千尋は落ち込む。
今の自分の髪は肩にすら届かないほど短い。
そんな千尋にアシュヴィンは笑う。
「いや。千尋だったらどっちでもいいけどな。ただ……」
「ただ?」
「俺が見てみたかっただけだ」
アシュヴィンの言葉に千尋は首を傾げる。
「お前の髪が長い時なんて、俺は殆ど見てないからな」
「アシュヴィン………」
「長い髪のお前もさぞ、綺麗なんだろうなと思っただけだ」
「………」
「そこで照れるなよ」
「だって……アシュヴィンが…」
アシュヴィンの言葉で、千尋は気恥ずかしかった。
「でも、大丈夫だよ」
「千尋?」
「これからずっと一緒にいるんだから!!すぐに髪も伸びて、アシュヴィンに見せれるよ」
「………そうだな」
千尋の言葉に、アシュヴィンは嬉しくなるばかりだった。
髪の事よりも、ずっと一緒にいると言った千尋。
その一言がアシュヴィンにとって、嬉しい事だと千尋は気づいてないだろう。
「これからもずっとな」
「うん」
アシュヴィンはふと何かに気づく。
「でもそうしたら、他の男もお前に見惚れそうだな」
「もー、そんな訳ないでしょーー」
「お前はもう少し自覚しろ」
「?」
千尋はアシュヴィンに頭を小突かれたが、千尋は怪訝な表情のままだった。
~fin~
ED後。シャニと一緒にいる千尋をみて、アシュヴィンは…。
「あ、義姉様ーーーっ」
「シャニ」
千尋に気がついたシャニが、側に駆け寄ってきた。
シャニは千尋と出会ってから、ずっと千尋を慕っている。
それはアシュヴィンと結婚した今も変わらない。
シャニは今も念のために、療養中だった。
「義姉様。今日のお仕事は?」
「今日はもう終わり。一段落ついたところよ」
「じゃあ。今日はこれから僕に付き合ってよ」
「いいわよ」
「僕の部屋でお話しよ?」
「ええ」
「やっと、今日の仕事が片付いたな」
「お疲れ様です」
リブがいつも通り、お茶を用意してきた。
それを飲んで、アシュヴィンは落ち着く。
「千尋は?」
「妃様ですと、先程からシャニ様の所へ伺ったと聞いておりますが」
「シャニの所に?」
「ええ。シャニ様は大分、妃さまの事がお好きのようで」
「…………」
「明らかに、不機嫌になるのはやめてくださいますか」
「そんなことはない」
「もっと余裕を持たないと、妃様に飽きられますよ」
「……リブ」
アシュヴィンは誤魔化す様に、リブのお茶を飲んだ。
「………全くあいつは」
アシュヴィンは気がつくと、シャニの部屋まで来ていた。
千尋の迎えとシャニの顔が見たかったからだ。
――――コンコンッ。
「はーーーい。あ、兄様」
「よう、シャニ」
アシュヴィンに駆け寄ってくるシャニは、相変わらず元気そうだ。
「具合はどうだ?」
「もう、全然平気だよ。出雲でも大丈夫なのに」
「そうか。ま、一応な」
「アシュヴィン、迎えに来てくれたの?」
シャニに続いて、千尋も顔を出す。
「まあな。シャニの様子も気になったし」
「兄様と話すのも久しぶりだね。すっごい忙しいんだもん」
「一応皇だからな。融通が利かないんだ」
「でも、その分義姉様とお話出来て楽しかったよ」
シャニのその言葉を聞いて、アシュヴィンは複雑な気持ちになる。
「そっか。千尋世話をかけたな」
「ううん。私も楽しかったし」
「また、遊んでね。義姉様」
「うん」
「シャニは千尋が大分気に入ってるな」
「うん。だって、義姉様大好きだもん。兄様と結婚しなかったら、僕が結婚したかったくらいだよ」
「ほーーー。モテるな、千尋」
アシュヴィンの声のトーンが下がっているのは、気のせいだろうか?
「もーー。シャニーー」
「ははっ。じゃあ義姉様、兄様。お休みなさい」
「お休み、シャニ」
「ゆっくり休めよ」
「アシュヴィン、怒ってるの?」
「別に」
自室への帰り道、アシュヴィンは無言のままだ。
「さっきの気にしてるの?」
「いや」
(嘘だ。絶対気にしてる!!)
「もーーー。シャニはまだ子供だよ!シャニは女の人、大好きだし」
「お前な……。それでも面白くないんだよ。シャニだって、一応『男』なんだし」
「………………」
思いがけないアシュヴィンの嫉妬に、思わず顔が熱くなる。
こんな些細な事で、彼が自分を想っているとわかると、千尋は自然と嬉しくなる。
「アシュヴィン」
「何だよ」
千尋はアシュヴィンの手を握る。
「私は、アシュヴィンの奥さんなんだからね。それが何よりも幸せだよ」
「…………………………」
「アシュヴィン?」
何も返答がないアシュヴィンに、千尋は首を傾げる。
「お前って、すごいな」
「え…………?」
「そういうこと言われると、やっぱり嬉しいもんだ」
「そう?」
「ああ。おかげで怒りもおさまったしな」
千尋の言葉一つで、気分が浮上する自分は単純だ。
でも、そんな自分が嫌いじゃない、とアシュヴィンは思う。
「帰るか、俺の奥さん」
「うん」
言われた千尋も嬉しそうで、その顔につられてアシュヴィンも笑う。
2人は手をつないで、歩き出した。
~fin~
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文月まこと
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乙女ゲーム・八犬伝中心に創作しています。萌えのままに更新したり叫んでいます。
同人活動も行っています。
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