乙女ゲーム・八犬伝などの二次創作のごった煮ブログです。
ED後。千尋が取ったある行動とは。
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「あ……」
アシュヴィンの後ろを歩いていると、何かに気づいたように千尋が声を上げた。
――ギュッ。
そしてアシュヴィンの髪を掴んでいた。
「……っ!!?」
いきなり髪を引っ張られ、アシュヴィンは痛みで顔を歪めた。
「ごめんなさい。アシュヴィンの髪にゴミがついてたから取ろうと思って……」
「それでいきなり髪を掴むのか?酷くないか」
「だ……だって取ろうとしたら、アシュヴィンの足が速くて追いつかなくて……」
「で?」
「それで一生懸命早足して取ろうと髪を掴んだら……思わず力が……」
「加減を間違えたのか……」
理由を聞くと大したことのない理由だった。
自分に非があると思っている千尋は、明らかに落ち込んでいる。
「確かにな。いきなり引っ張られたら、驚く」
「…………」
「でも、自分の非を認めた奴をそこまで責めたりはしない。それに……」
「それに?」
「お前は好意でやってくれたんだからな」
「ごめんなさい……」
「もういい。それよりまだ髪にゴミはついてるか?」
「え……。あ、大丈夫よ。取ったから」
「そうか、ありがとう」
アシュヴィンは千尋を安心させるために微笑み、千尋もそれにつられて微笑んでいた。
「さて行くか」
そう言うと、アシュヴィンは千尋に対して手を差し伸べる。
「……?」
「俺の歩き方が早いのだろう?ならばこうすれば問題ない」
「うんっ!!」
千尋はアシュヴィンの手を取り、再び歩き出す。
今度はゆっくりと2人並んで……。
~fin~
ED後。アシュヴィンの帰りを待っていた千尋は…。
「アシュヴィン……、まだかな」
千尋はぼんやりと外を眺めていた。
外は薄暗く、今にでも雨が降りそうだった。
ここ数日アシュヴィンは、遠方に出かけていて帰ってこない。
時間が過ぎるたびに、不安は募っていく。
「前は……、こんなんじゃなかったのに」
アシュヴィンと少しでも離れているだけで、寂しくなってしまう。
夫婦となって、アシュヴィンのことを深く知って。
知れば知るほど、好きになって…。
好きになればなるほど、離れると不安になる。
気がつくと千尋は、窓から外へ出ていた。
それは、いち早くアシュヴィンの姿を見つけようとする、切なる行動だった。
「今日は……確か西のほうだったっけ」
今日アシュヴィンが行った国は、戦の時に協力してもらった国だ。
そのときのお礼と、これからの友好関係のために赴く。
「うーーーーーーーーん」
大切な役目とはわかっていても、感情は別物。
「私……。弱くなっちゃったな」
アシュヴィンの事だけで、心が揺れる。
それだけの想いを今まで知らなかった。
「アシュヴィン……会いたいよ」
その呟きは、殆ど掻き消された。
大量の雨が、降ってきたからだった。
その雨は激しく、周りの音を遮断する。
千尋がいる場所は屋根がないため、激しい雨は千尋に降り注ぐ。
だが、千尋はその場所から一歩も動けずにいた。
雨が少し、和らいだ頃。
そのまま、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。
そんな中、千尋の耳に届いたのは……。
「ーーー千尋!!何やってるだ、お前は」
「あ……アシュヴィン」
千尋が気がつかないうちに、アシュヴィンは帰って来ていた。
そしてずぶ濡れの千尋の様子に、声を荒げる。
アシュヴィンを見ると、些か濡れている。
雨の中、帰ってきたのだろうか?
そんなことを千尋は、ぼんやりと考えている。
「……千尋?どうした…」
「帰ってたんだ……」
「ああ。それなのに、お前がこんな雨の中外に出ているから、驚いた」
アシュヴィンは、自分の外套を千尋に被せる。
気休めだったが、これ以上妻の身体を冷やさないためだ。
「千尋…?」
千尋は何も応えず、そのままアシュヴィンにしがみついていた。
「お帰りなさい」
そう、小さく呟いて。
「…ただいま」
アシュヴィンは、それ以上何も言わず千尋を抱きしめていた…。
「身体が大分冷えてるな…」
「あっ!!ごめん…。濡れちゃうね」
そう言って、千尋が身体を離そうとする。
だが、アシュヴィンはそれを許さない。
「そんなことはいい。こんなに濡れるなんて、いつからここにいたんだ?」
「わからない……」
千尋は、その時の状況をよく覚えていない。
ただ、必死だった事しか。
「まあいい、中に入るぞ。このままでは風邪を引く」
「うん……」
「しかし……」
「?」
アシュヴィンは、どこか楽しそうに笑っている。
「お前がそんなに寂しがりだったとはな」
「!!そんなこと」
真っ赤になる千尋に、アシュヴィンは手をって口付ける。
「こんなに冷えるまで、俺を待っていたんだろ?」
「!!」
身体は冷えている筈なのに、アシュヴィンの言葉と行動で熱くなっていく。
「だったら、責任をとらないとな」
「あ……!!アシュヴィンッッ!!」
気がつくと、千尋はアシュヴィンの肩に乗せられ、抱えられている。
そしてそのまま、動き出す。
「ちょっと、アシュヴィン!!どこ行くの!!」
「身体が冷えてるんだから、湯浴みに決まってるだろう」
「それなら、自分で行くから。下ろして」
「馬鹿だな。2人で行くから意味があるんだ」
その言葉で、アシュヴィンの行動の意味がわかってしまった。
「ちょ!!だめっ。下ろして」
「却下だ。心配させた罰もあるし。それに、お前が寂しがらないようにしてやる」
「!!」
千尋は何も言えず、固まってしまう。
「………馬鹿」
千尋はそれだけを呟いて、抵抗をやめていた。
せめて、顔が見られないのが救いだった。
「ふっ。言ってろ」
そしてそのまま、一つの部屋へと入っていた。
~fin~
ED後。千尋がある日言い出したことは。
ある日、千尋がこんなことを言い出した。
「アシュヴィンの髪って結構くせっ毛だよね」
「まあな。時々邪魔になるな」
「だから、みつ編みでまとめてるの?」
「そんなところだ。特に深い意味はないがな」
「ふーーーん」
千尋はアシュヴィンの髪に触れる。
「結構量多いんだね。まとめるの大変そう……」
「ああ。朝とかが少し時間かかる」
それを聞いて千尋は………。
「ね、私がアシュヴィンの髪結ってもいい?」
「は?」
「毎朝これから結ってあげるよ」
「いきなり何を言うかと思えば……」
「ダメ?」
アシュヴィンを千尋は見つめる。
その視線にアシュヴィンは……。
「仕方ないな。わかった」
「やった!!」
千尋は嬉しそうに喜んでいる。
「けど、何だって急に?」
「だって…………」
「?」
「その時間も一緒にいられるし……」
いくら夫婦になったとはいえ、王族である以上は多忙を極める。
そのため、一緒にいる時間もかなり限られていた。
これは千尋の一緒いる時間を、少しでも増やすための案だった。
「千尋…お前ってほんとに……」
「何?」
「可愛いやつだと思ってさ」
「!!…いきなり何!?」
「いや、思ったまま言っただけだが」
そう言いながら、アシュヴィンはにやにやと笑っている。
「もーーー」
「拗ねるな。ありがとう、これでも嬉しいんだぜ」
「ほんと」
「ああ。これからよろしく頼む」
「うん!!!」
千尋とアシュヴィンにとって、楽しみが一つ増えた。
~fin~
ED後。千尋は久しぶりの休日を過ごすことに。
太陽の位置が大分高い場所になった頃。
千尋はぼんやりと椅子に座って、窓から外の景色を眺めていた。
「今日はお休みか……」
普段は慌しい業務に追われているが、アシュヴィンに身体を休めるように言われてしまった。
『お前は少し働きすぎだ。明日一日くらいは休め』
そう言われて渋々了承したものの、身体は休息を求めていた。
おかげで身体は十分に休めたが、今度は時間を持て余していた。
普段はこうして、景色を眺めることなどない。
穏やかな景色と温かな日差しが、千尋にとって心地よい。
そしてその合間に風が吹くので、眠気を誘った。
(ちょっと……、眠いかも)
こんな場所で寝てはいけないと思いつつ、誘惑に負けそうだった。
(少しくらいだったらいいかな?)
そう思った瞬間、ゆっくり目蓋が閉じた。
常世に来てから、穏やかにすごせる日は数少ない。
いつも仕事に追われ、慌しく過ごして終わる。
それが必要だから、苦だと思ったことはないけれど。
やっぱり、1人よりも2人のほうが嬉しい。
一緒に寝ていて、隣にいる温もりとか優しく語りかけてくれたりとか。
こうして、頭を撫でてくれたりとか。
(え!!!!)
感触がリアルだったので、千尋は思わず目を開けた。
「起きたのか?もう少し寝ててもいいぞ」
「あ……アシュヴィン……」
何故アシュヴィンが、自分を見下ろしているのだろう?
それより、何よりも。
「嘘。私、そんなに寝てたっっ」
アシュヴィンがここにいるということは、もう日が暮れたのだろうか…?
「いや、まだ夕方よりも早いが?」
「え……と?」
アシュヴィンの言葉に、千尋はいまいち頷けない。
徐々に覚醒してくると、千尋は寝台で横になっていた。
先ほどの記憶だと、確かに窓にいたはずなのに。
アシュヴィンが気づいて、移動させたらしい。
「どうしているかと思って、様子を見にきたんだが……」
アシュヴィンは面白そうに、千尋を見つめている。
それに応じて、恥ずかしくなってくる。
「少しだけのつもりだったのに……」
「たまにはいいだろう。そういう日があっても」
「アシュヴィン、仕事は?」
まだ、一日が終わっていないならば、仕事もあるはずではないのか?
そう思って、アシュヴィンに問いかける。
「今日は早めに切り上げろって言われてな。リブがお前が1人でいるからって」
リブの優しさに千尋は嬉しくなる。
「気をつかってくれたのね」
「まぁな。そのおかげで、珍しいものが見れた」
「もう!!」
今までずっと、自分の寝顔を見ていたのだと思うと、やっぱり恥ずかしい。
「さて、どうする?」
「え?」
「もう少し寝るか?それとも起きるか?」
「アシュヴィンはどうしたいの?」
「そうだな……。たまには横になるか。千尋を見てると眠くなってきた」
「起きて、膝を貸そうか?」
「それでは、千尋が休めないだろう。隣で寝ればいい」
「……いいのかな」
皇と后が並んで眠っていても。
「何かあれば、リブが起こしに来るから平気だ」
頭ではわかっていても、一緒に眠るということがとても魅力的に感じる。
「でも……」
「何だ?」
「あんまり寝顔を見ないで……ね」
「別に隠すものでもないだろ?」
「恥ずかしいの!!」
「わかった、わかった」
アシュヴィンは苦笑しつつ、千尋に並んで横になっていた。
アシュヴィンが千尋の髪に触れてくると、再び千尋に睡魔が襲ってくる。
「おやすみなさい」
「ああ」
千尋はゆっくりと目を閉じていた。
~fin~
ED後。ある雨の日に…。
「今日も……雨か」
千尋が窓の外を見ると、空は暗く、雨が降り続いていた。
ここ数日、1日中雨が降っている状態だった。
ちょうどこの時期は、雨季の季節だと話には聞いた。
仕方ないとはいえ、こうも毎日だと気が滅入る。
ぼんやりと窓を見ている千尋の傍に誰かが近づいてくる。
だが、千尋にはそれが誰だかはわかった。
「よく飽きないな」
「アシュヴィン……」
「暇さえあれば、ずっと見ているだろう」
「そんなことないけど……」
だがアシュヴィンの言う通りで、千尋は時間を見つける度に窓に視線を送る。
意味などなく、ただ見ているだけ。
アシュヴィンはそんな様子の千尋の行動が、意味がわからなかった。
「意味はないんだよ。ただ何となく」
「ほう……。てっきり物思いに耽ってるのかと思っていたが……」
「深い意味はないの。ただ雨が降ってるなぁって」
「それはそうだろう」
何を今更とアシュヴィンが呆れているので、千尋は言葉を付け足した。
「今まではあんまり考えていなかったけど、こうして雨が降っている事はすごい恵まれているって思ったの」
「…………確かにな」
今までの常世は、枯れ果てた大地で空には黒い太陽が浮かぶ。
アシュヴィンはいつしかそれに慣れ、豊かな日々を忘れかけていた。
それを取り戻したのは、隣にいる自分の妻だった。
千尋の言葉に、アシュヴィンは忘れかけていた事を思い出させる。
「こうして自然の恵みを受けているのは、当たり前ではないんだな」
「うん……」
今では平和になったから気にも留めていなかった。
「だが、この日常を守っていくのがこれからの仕事だ」
「そう……だよね」
アシュヴィンの言葉に頷き、千尋は窓を閉めた。
「ところで千尋……」
「ん?」
「そろそろ髪を結ってくれないか?」
「……っ。アシュヴィン……」
「笑うな」
「やっぱり、雨が降ってるとやりづらいんだね……」
「…………」
アシュヴィンは何も答えず、千尋に背を向けた。
その様子に千尋は口元が緩んでしまう。
「……千尋」
「はいはいっ」
アシュヴィンに促され、千尋は髪を結い始めていた。
~fin~
政略結婚後。大ピンチに。
その時、完全に思考は停止した。
当の千尋は寝台に横たわっている。
千尋が見上げた先には、アシュヴィンがいて。
気がつけば、アシュヴィンに押し倒されている状況だった。
きっかけは本当に些細なことだった。
寝台に千尋が躓き、目の前にいたアシュヴィンを巻き込んだ。
その結果、この状況を招いていた。
政略結婚とはいえ、2人の間に男女の関係はない。
「あの……、アシュヴィン……?」
千尋はアシュヴィンに問うが、返答はない。
少し動けば、寝台の軋む音が聞こえる。
その音に千尋は動揺したが、アシュヴィンは何も言わない。
それどころか、アシュヴィンは真っ直ぐに自分を見つめている。
千尋はその視線を逸らす事も出来ず、アシュヴィンを見た。
知らずのうちに、アシュヴィンが先ほどよりも近くにいる。
同時に鼓動が速まり、体温が上昇する。
(やっぱり、そういうことなのっっ)
いくら結婚したとはいえ、千尋には心の準備が出来ていない。
そんな状態で身体の結びつきまでは、覚悟もなかった。
(どうしよう、どうしようっっ)
この状況では逃げる術がない。
(……逃げる?)
自分は逃げたいのだろうか?
目の前の男から。
自分の夫となったアシュヴィンから。
だが、その答えは自分にはわからない。
それとも身体を重ねれば、わかるのだろうか?
(でもでもっ。心の準備がっっ)
千尋は混乱して、どうしていいかわからない。
「――――クッ」
「え……?」
そんな千尋の緊張を破ったのは、アシュヴィンの笑い声だった。
「お前、面白いな。赤くなったり、青くなったり」
「なっ……!!」
アシュヴィンは堪えきれないように、思いっきり笑っていた。
千尋はさっきとは違う意味で恥ずかしくなる。
「あ……アシュヴィン!!」
「安心しろ。何もしないから」
そう言って、アシュヴィンはようやく身体を動かした。
「慌てる姿は面白かったな」
「ば……馬鹿!!」
千尋はアシュヴィンの余裕が悔しく、思わず近くにあった枕を投げつけた。
アシュヴィンは簡単にそれを避ける。
「何だ。だったら今からでも、相手をしようか?」
「…………!!」
その言葉に再び千尋は固まり、アシュヴィンが近づいてきた。
どうしていいかわからず、不意に目を閉じた。
そんな千尋の様子を見て、アシュヴィンは……。
「!!」
千尋の額に温かい感触があった。
それは、アシュヴィンの唇。
「全く隙だらけだな」
「~~~~っ」
千尋が顔を赤くしていると、アシュヴィンは身体を起こしていた。
「お前にその覚悟が出来るのを楽しみにしてる」
―――パタンッ。
扉が閉まる音が聞こえ、アシュヴィンが部屋を出ていった。
「あ……アシュヴィンの馬鹿っ」
千尋はそう口にするが、高まった熱は冷めそうにない。
しばらくは動けずにいた。
~fin~
ED後。眠そうな千尋にアシュヴィンは…。
それは夜も更けてきた頃。
「千尋?眠いのか」
「ん……。少しだけ……、でもだい……じょうぶ」
「どこがだ。今日はもう休んだほうがいい」
千尋は必死で目を開けようとするが、身体は正直だ。
千尋はすでに眠そうに船を漕いでいる。
あと少しすれば、完全に寝入ってしまうだろう。
そんな千尋に苦笑しながらも、アシュヴィンは千尋に語りかける。
「ほら……。さっさと寝とけ」
「やーー。もうちょっと起きてるーーー」
「お前な……」
睡魔と戦う千尋は可愛かったが、無理をしても身体には毒だ。
「アシュヴィンは……、まだ寝ないんでしょ?」
「ああ。ちょっとこの書類だけな」
アシュヴィンは仕事が少し残っており、その様子を千尋はじっと見つめていた。
それは、自分だけが先に休むのが申し訳ないとも思っているのか。
それとも別に理由があるのか。
だが、どんな理由でも千尋に無理をさせる必要はない。
「いいから先に寝とけ。身体を壊すぞ。俺はいいから……」
「だって……もう少し……」
「もう少し?」
千尋は眠気と戦いながらも、何とかそれを口にする。
「もう少し……アシュヴィンと……一緒にいたい……から」
「…………」
千尋の言葉にアシュヴィンは、一瞬我を忘れた。
自然と口が綻ぶ。
(本当に……こいつは……)
千尋は無意識にアシュヴィンを喜ばせる。
本人は全くわかっていないので、性質が悪い。
だが嬉しい反面、千尋を寝かさなくては……。
「仕方ないな」
「アシュヴィン……?」
アシュヴィンは立ち上がり、椅子に座っていた千尋の身体を抱き上げた。
「ひゃ……。ちょ……と!!」
アシュヴィンが数歩歩くと、目的の寝台に到着した。
ゆっくりと千尋の身体が、その場所へと下ろされる。
「も……アシュヴィン!!」
「お前が眠るまで、一緒に寝てやるから」
そう言うと、アシュヴィンも千尋に並んで横になる。
千尋は横になった途端に、更に睡魔が襲ってきた。
段々と、瞼が閉じてくる。
その様子を見ると既に、限界なのだろう。
「ん……。アシュ……ヴィン」
「お休み、千尋」
そっと千尋の唇に口づけを落とす。
アシュヴィンの優しい声と口づけが、千尋を眠りと誘っていく。
「すーーっ」
しばらくして、千尋から寝息が聞こえてくる。
その表情はとても柔らかだった。
「いい夢を」
アシュヴィンは、千尋を静かに見つめていた。
~fin~
バッドEDルート。アシュヴィンの想い。
浮かぶのは、泣き顔ばかり……。
自分が望んだのは、もっと別のものだった筈だった。
「殿下、大丈夫ですか?」
「リブ、何を言っている」
「いえ、姫を手放したことを後悔されてるのではないかと……」
「さあな」
リブの言葉は核心をついてくる。
それは核心に触れすぎて、時にはそっとして欲しいほどに。
「もう、あいつが常世にいる必要はない。それに、あいつがいる限りはまだ可能性が残る」
宮が兵に囲まれ、身動きが出来ない。
やがて兵糧も尽きて、皆衰弱し、死んでしまうだろう。
アシュヴィンはせめて、千尋だけでも逃がすことにした。
そしてそれに成功し、自分たちだけで戦いに挑む。
「無謀かもしれんが、時間稼ぎにでもなれればいい」
「殿下……」
「希望は捨てない。最後までは……」
アシュヴィンはじっと、窓の外を眺めている。
外の景色は暗く、あと数時間で夜が明けようとしていた。
「何が正しいかはわからん。だが、それでも思う道に進むさ」
そう口にするが、アシュヴィンの心には千尋が浮かぶ。
自分で手放したくせに、諦めたくせに。
「浮かぶのは、泣き顔だけだ」
千尋をずっと、泣かせることしか出来なかった。
笑顔なんて、殆ど見ていない。
「心残りはそれだけだ」
だから、せめて……。
千尋に託したこの世界で、幸せになって欲しい……。
自分の命をに引き換えにでも……。
~fin~
ED後。千尋の望みとは…。
「アシュヴィンッッ!!あの、待って」
「いや、それは無理だな」
千尋は迫り来る危機に、焦っていた。
特に命の危険がある訳ではないのだが、違う意味で危険だった。
千尋は寝台の上におり、そんな千尋をアシュヴィンが覆いかぶさっている。
千尋の身体を挟む様にアシュヴィンの腕があり、目の前には本人。
逃げ場が全くない状況に、千尋は焦る。
「ちょっと待って。アシュヴィン」
「何故だ?夫婦ならば当然の事だろう?」
そう言うとアシュヴィンは、衣服から見える千尋の右膝にそっと口付けた。
「……っ。ちょ……待って」
だが、アシュヴィンは一向に止める気配がない。
その行為に、千尋は本格的に焦った。
「ま、待って……てばっ!!」
「ぐっ……!!」
千尋が止めて欲しくて身体を動かすと、その足が大きく動いた。
それにより、千尋の膝に口付けていたアシュヴィンに蹴りが直撃する。
「あ、ごめんっ」
「……千尋。皇を蹴るなどお前くらいだぞ」
「わざとじゃないってばっ。大体、アシュヴィンが話を聞かないのが悪いんでしょ」
「……」
アシュヴィンは行為を中断させられた事に、少し不機嫌だ。
だが、それで怯む様な千尋ではない。
「話を聞いて欲しいの」
「何だ。言ってみろ」
アシュヴィンは不機嫌になりながらも、一応は千尋の話に耳を傾ける。
ここで千尋を怒らせても、特になるようなことは一つもないからだ。
「だって、せっかく2人きりなんだよ?」
「ああ」
「だからもうちょっと……、こう……」
「何だ?」
千尋は何か言いづらそうにしている。
その理由がアシュヴィンには全くわからない。
「その……。いきなり、そういうことをするんじゃなくて。もう少し話をしたいというか……」
「話?」
千尋の提案に、アシュヴィンは思い切り面を食らった。
いまいち、千尋の望んでることがよくわからない。
「中々2人になれないし、もうちょっと色々話とかしたいなって。もっと……、そのアシュヴィンのことを知りたいっていうか……」
「俺のことを?」
「そうだよ!!アシュヴィンの事、まだよくわかってないことだって多いし!!」
「そうか?」
つまり、千尋はもっと自分の事を知りたいらしい。
「だから、話をしたい……と」
「うん……」
千尋は自分で言っていて、少し恥ずかしくなってきた。
本人を目の前に、言うのは些か照れる。
だが、妻として夫の事を知りたいと思うのは当然のことだ。
ただでさえ、アシュヴィンは秘密主義だから。
千尋の言葉にアシュヴィンは負けて、その願いを叶えてやる。
「お前の言いたい事はわかった……。それで、俺の何が知りたいんだ?」
「えーと、その」
改めて言われると、少し困る。
だが、ここで負けては、結局いつもの通りに身体を重ねるだけになってしまう。
「その、好きなものっとか。好きな食べ物とか。いつもどんなことを考えているのか……とか」
「好きなもの……か」
「うんっ」
アシュヴィンは千尋の手を取り、そっと口付けた。
「お前……だと言ったら?」
「っっ!!」
「それにお前は甘いしな。いつ、その身を欲しても」
「っ!!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋は何も言えない。
顔が真っ赤になり、頭の中は真っ白で何も浮かんでこない。
「どうすれば、お前を悦ばせる事が出来るか。いつもそればかり考えて……」
「…………っ」
「お前を昂ぶらせる事が出来るのは、俺だけだしな」
「もーーーーっ、馬鹿ーーーっ。黙ってーーーっ!!」
千尋は近くにあった枕をアシュヴィンに投げつける。
アシュヴィンはそれを交わしつつ、不思議そうな顔をしている。
「お前が言えって、言ったんだろうが」
アシュヴィンの言葉は本気で、だからこそ始末に置けない。
「だって、そんな恥ずかしいことばかり……」
「本当のことだ。俺は嘘は言っていない」
「…………」
真顔で言うアシュヴィンに呆れるべきか、怒るべきか……それすらもわからない。
それでも……わかることは……。
「千尋」
「……んっ」
アシュヴィンが名を呼ぶだけで、千尋の鼓動が高鳴った。
不意に口付けが落とされる。
アシュヴィンには最初から敵わない。
それだけだ。
それだけで、全てを許してしまいたくなる。
「もー。しょうがないなーー」
「何がおかしい」
「内緒」
突然笑いだした千尋に、アシュヴィンは首を傾げた。
けれど、怒っているわけではない事に安堵する。
「……で。話の続きはいいのか?」
「もう……知らない」
千尋は負けた気持ちになりながらも、ゆっくりと目を閉じた。
アシュヴィンはそれだけで意を得て、再び口付けを落とした。
~fin~
5~6章の間。
何の因果か・・・、アシュヴィンたち一部の常世軍は、中つ国と行動を共にすることになった。
真の敵を見据え、二ノ姫の言葉で天鳥船に乗ることになっていた。
追っ手を撒き、夜が更けた頃。
アシュヴィンは船の散策をしていた。
いくら共にいるとはいえ、ほんの数時間前までは敵だった者。
万が一に備え、船を調べていた。
(ん・・・ここは庭か)
そこは堅庭と聞いた気がする。
船の中に庭があるというのは、一体どういう仕組みなのか。
そしてよく見ると、そこには誰がいた。
(二ノ姫か)
戦場で短くなってしまった髪だが、金色は夜でも目立つ。
だが、その様子はどこかおかしい。
(…何だ?)
千尋はじっとその場で立ち尽くし、一方の景色を見つめている。
(・・・泣いてるのか?)
その瞳から、雫が流れ落ちるのが見えた。
小さな肩を震わせ、1人で泣いている。
(兵士たちの死を悼んでるのか・・・)
アシュヴィンはその事に、自分の胸も痛んだ。
助けたかった命を助けれず、犠牲が出た。
だが、それは戦では感情を表に出してはいけない。
――どんなに辛くても。
そんな現実をあの少女は、1人で耐えている。
叶うならば、その身体を抱きしめて涙を拭いたい。
だが・・・。
「千尋」
「・・・風早」
静寂を破ったのは、自分ではない1人の男。
姫はその男に身を寄せて、泣きじゃくっている。
「・・・っ」
アシュヴィンは、自分の手を思わず握り締めていた。
やりきれない想いを、そこに表すように。
(・・・俺は何を考えている・・・)
アシュヴィンはすぐにその場から離れていた。
想いを胸に秘めながら。
~fin~
熊野にて。
「二ノ姫・・・・・・」
「な、何っ」
「お前、馬鹿だろう」
「なっ!!!!」
アシュヴィンの言葉に、千尋は黙るしかなかった。
それは遡ること、数十分前のこと。
「遅いぞ、二ノ姫」
「わかってます」
千尋たちは、移動のため森の中を歩いていた。
だが、霧が出てきたため他の仲間たちとははぐれてしまっていた。
そして今は、アシュヴィンと2人。
合流するために急ぎ歩いていたのだが・・・。
「・・・っ」
「二ノ姫?」
千尋の様子がすこしおかしい。
元々歩みは速くはないが、先程よりも鈍った気がする。
ならば―――。
「・・・・おい」
「?何、アシュヴィン?」 「ちょっと来い」
「え、え、え?」
アシュヴィンは千尋の手を引くと、近くの木陰に座らせた。
「ちょ・・・何するの!」
「いいから黙ってろ」
アシュヴィンは千尋の足元に視線をやる。
その足を持ち上げた。
「っっ!!」
その瞬間に鈍い痛みが走る。
「やはりな。赤くなってる」
千尋の足は歩きすぎたために、赤く腫れていた。
「どうして言わない」
「だって・・・。ただでさえ、遅れているのに・・・」
「だからといって、放置してれば後々戦場に響く」
「・・・・・・・・・」
アシュヴィンの言葉は、千尋にのしかかる。
その言葉は正論で重い。
千尋が思わず俯いてしまうと、アシュヴィンが・・・。
「悪かった」
「え・・・?」
思わぬアシュヴィンの謝罪に千尋は固まる。
「お前はこういうことに慣れてないんだったな。俺の配慮が足りなかった」
「でも、これは自分のせいだし・・・」
「一緒に行動している以上はそれに気づくべきだ」
「アシュヴィンのせいじゃないわ!!」
千尋は自分の力が足りないことを恥じた。
アシュヴィンの行動は正しいのに、自分の不甲斐なさが彼に迷惑をかけている。
「これは自分が招いた結果だから。早く・・・行きましょう」
そう言って、千尋は立ち上がり、再び歩き出す。
その背中を見て、アシュヴィンは。
「・・・・・・・・全く気の強い女だ」
守られているだけでない千尋に、アシュヴィンの興味は一層増した。
そして、アシュヴィンも再び歩き出す。
先程よりもゆっくりに。
~fin~
ED後。 バレンタイン話。
日の仕事が終わり、空も暗くなり時間が経った頃。
ようやく、アシュヴィンが寝室へと戻ってきた。
「お疲れ様。アシュヴィン」
「ああ。ただいま」
千尋が声をかけると、アシュヴィンは優しく返してくれる。
その表情には疲労が現れている。
「大丈夫?無理してない?」
「多少はな。まだまだ、常世を再興させるにはやらなくてはならないことが多い」
「……うん」
「それでも、確実に前進はしてるから、心配するな」
アシュヴィンは千尋の頭を撫でていた。
「アシュヴィン……」
「お前は顔に出ていて、わかりやすい」
「……そうかな」
「けど、俺のことを心配してくれるのは素直に嬉しい」
「……!」
優しく笑うアシュヴィンに、千尋の胸が不意に高鳴った。
気を遣う筈が逆に気を遣われてしまっている。
(これじゃダメ!)
アシュヴィンの疲れを癒してあげたいのに、その相手に気遣われている。
「あの……アシュヴィン……」
「何だ?」
「今日、お菓子を作ってみたんだけど……」
「菓子?」
千尋の突然の言葉にアシュヴィンは驚いた。
しかも、妃である千尋が作ったと言う。
「もしよかったら食べてくれる?」
「ああ」
千尋が自分のために作ってくれたのなら、断る理由もない。
千尋はいそいそと、お菓子を取りに行った。
「はい、アシュヴィン」
綺麗に包装された箱をアシュヴィンに渡す。
その包みを開けると、お菓子が入っていた。
アシュヴィンはそれを手に取り、口に入れる。
「甘い……な」
「ダメだった?」
「いや、たまにはこういうのも悪くない」
普段はあまり甘いものを口にしないが、千尋の作った物は別だ。
いや、千尋が作ったから、尚更甘く感じるのだろうか?
「しかし、急にどうしたんだ?菓子を作るなんて」
「え……と。それは……」
千尋は何やら言いづらそうにしている。
「何かあるのか?」
「疲れた時には甘いものがいいかと思って……。それに…」
「それに?」
千尋は更に言いづらそうに、顔を紅くさせている。
「前にいた世界ではね。好きな人に贈り物をするんだよ」
「……」
「お菓子をあげて、告白する日があって……」
千尋はそれ以上は続けられずに、顔を手で隠した。
その様子はいかにも、顔から湯気が出そうになっていて……。
「成る程な」
聡いアシュヴィンは、千尋の言おうとしていることがわかった。
そしてその意味を理解して、意味ありげに笑っている。
「お前が俺に告白とな……」
「……」
千尋は少しだけムッとして、その視線から逃れようとする。
けれど……。
アシュヴィンは千尋の手を取って、自分の方へと向けさせる。
「拗ねるな」
「だって、、アシュヴィンが……」
悪いのに、と続けようとして言う事が出来なかった。
アシュヴィンが千尋の口に、お菓子を入れたから。
「~~~~~~~っ」
千尋が口に含んだお菓子のため、何も言う事は出来ず、その視線だけをアシュヴィンに送る。
アシュヴィンには何も応えていない様子で。
「何か言いたそうだな」
そう言ったアシュヴィンが、今度は自らの口で千尋の口を塞ぐ。
「っ!!」
その口付けは深く、千尋の中へと入ってくる。
「~~~~~っ!!」
しばらくしてから、アシュヴィンは千尋を解放する。
気がつけば、その口の中の物は無くなっていた。
アシュヴィンを見ると、口を動かしている。
「あ……アシュヴィン……。今……」
千尋がそれ以上何も言えずにいると、アシュヴィンは……。
「何だ。お前が何か言いたそうだったから、手伝ったまでだが?」
「!!!!!」
アシュヴィンの言葉に千尋は、その身体を震わせている。
そして……。
「アシュヴィンの馬鹿ーーーーーーーーーーっ」
そんな声が城中をこだましていたらしい……。
そして皇は妃の機嫌を取るために、必死だったそうな……。
~fin~
ようやく、アシュヴィンが寝室へと戻ってきた。
「お疲れ様。アシュヴィン」
「ああ。ただいま」
千尋が声をかけると、アシュヴィンは優しく返してくれる。
その表情には疲労が現れている。
「大丈夫?無理してない?」
「多少はな。まだまだ、常世を再興させるにはやらなくてはならないことが多い」
「……うん」
「それでも、確実に前進はしてるから、心配するな」
アシュヴィンは千尋の頭を撫でていた。
「アシュヴィン……」
「お前は顔に出ていて、わかりやすい」
「……そうかな」
「けど、俺のことを心配してくれるのは素直に嬉しい」
「……!」
優しく笑うアシュヴィンに、千尋の胸が不意に高鳴った。
気を遣う筈が逆に気を遣われてしまっている。
(これじゃダメ!)
アシュヴィンの疲れを癒してあげたいのに、その相手に気遣われている。
「あの……アシュヴィン……」
「何だ?」
「今日、お菓子を作ってみたんだけど……」
「菓子?」
千尋の突然の言葉にアシュヴィンは驚いた。
しかも、妃である千尋が作ったと言う。
「もしよかったら食べてくれる?」
「ああ」
千尋が自分のために作ってくれたのなら、断る理由もない。
千尋はいそいそと、お菓子を取りに行った。
「はい、アシュヴィン」
綺麗に包装された箱をアシュヴィンに渡す。
その包みを開けると、お菓子が入っていた。
アシュヴィンはそれを手に取り、口に入れる。
「甘い……な」
「ダメだった?」
「いや、たまにはこういうのも悪くない」
普段はあまり甘いものを口にしないが、千尋の作った物は別だ。
いや、千尋が作ったから、尚更甘く感じるのだろうか?
「しかし、急にどうしたんだ?菓子を作るなんて」
「え……と。それは……」
千尋は何やら言いづらそうにしている。
「何かあるのか?」
「疲れた時には甘いものがいいかと思って……。それに…」
「それに?」
千尋は更に言いづらそうに、顔を紅くさせている。
「前にいた世界ではね。好きな人に贈り物をするんだよ」
「……」
「お菓子をあげて、告白する日があって……」
千尋はそれ以上は続けられずに、顔を手で隠した。
その様子はいかにも、顔から湯気が出そうになっていて……。
「成る程な」
聡いアシュヴィンは、千尋の言おうとしていることがわかった。
そしてその意味を理解して、意味ありげに笑っている。
「お前が俺に告白とな……」
「……」
千尋は少しだけムッとして、その視線から逃れようとする。
けれど……。
アシュヴィンは千尋の手を取って、自分の方へと向けさせる。
「拗ねるな」
「だって、、アシュヴィンが……」
悪いのに、と続けようとして言う事が出来なかった。
アシュヴィンが千尋の口に、お菓子を入れたから。
「~~~~~~~っ」
千尋が口に含んだお菓子のため、何も言う事は出来ず、その視線だけをアシュヴィンに送る。
アシュヴィンには何も応えていない様子で。
「何か言いたそうだな」
そう言ったアシュヴィンが、今度は自らの口で千尋の口を塞ぐ。
「っ!!」
その口付けは深く、千尋の中へと入ってくる。
「~~~~~っ!!」
しばらくしてから、アシュヴィンは千尋を解放する。
気がつけば、その口の中の物は無くなっていた。
アシュヴィンを見ると、口を動かしている。
「あ……アシュヴィン……。今……」
千尋がそれ以上何も言えずにいると、アシュヴィンは……。
「何だ。お前が何か言いたそうだったから、手伝ったまでだが?」
「!!!!!」
アシュヴィンの言葉に千尋は、その身体を震わせている。
そして……。
「アシュヴィンの馬鹿ーーーーーーーーーーっ」
そんな声が城中をこだましていたらしい……。
そして皇は妃の機嫌を取るために、必死だったそうな……。
~fin~
ED後。 アシュヴィン誕生日話。
「誕生日?」
「そう!!アシュヴィンは何か欲しいものある?」
唐突に千尋から言われたのは、自分の誕生日について。
そして、欲しいものがあるかどうかを聞かれてるのだが……。
「欲しいもの……」
「?」
アシュヴィンはじっと千尋を見つめる。
これで自分の欲望のままに伝えたら、千尋はきっと激怒するに違いない。
だから、譲歩してみる。
「そうだな……。お前からの」
「私からの?」
「口づけが欲しいところだな」
「!!!!」
案の定、千尋はだんだんと紅くなり、固まってしまっている。
(あーー。やはりな)
アシュヴィンは、予想通りな反応に苦笑してしまう。
「あ……アシュヴィンッ」
「?」
「目を……閉じてくれる?」
「ああ……」
アシュヴィンは言われるがままに、目を閉じた。
千尋はそんなアシュヴィンの身体を引き寄せた。
「……っ!!」
不意に傾いた身体に驚き、程なくして唇が触れた。
アシュヴィンは驚いて目を開けると、千尋は俯いて手で顔を隠す。
「ち……千尋?」
「こ……これでいい?」
恥ずかしそうに訴える千尋に、アシュヴィンは言葉が出ない。
千尋の行動と、自分の願いを叶えてくれた気持ちに。
「千尋……」
「あ……アシュヴィン?」
アシュヴィンはどう伝えていいかわからず、思わず抱きしめていた。
千尋はその腕の中で、次第に力が抜けていく。
「喜んでくれた?」
「ああ。とても」
アシュヴィンの表情が嬉しそうなので、千尋も安心した。
自分から行動するのは気恥ずかしいが、喜んでくれた。
「おめでとう、アシュヴィンッ」
「礼をしなくてはな」
「え……?」
アシュヴィンは千尋の顔を上げて、その口を塞いだ。
「っっーーーーー!!」
その口づけからは、解放されることを許されない。
しばらくその口づけが続いた後…。
「……っ。あ……アシュヴィン……」
「行くぞ……千尋」
「え……!?」
アシュヴィンは千尋の身体をそのまま持ち上げ、そのまま歩き出す。
「ちょ……。どこ行くの!!」
「決まってるだろう?」
アシュヴィンの言おうとしていることが伝わり、千尋はその肩口に顔を埋める。
「もーーー、馬鹿」
「それは、肯定として受け取っておく」
アシュヴィンはそのまま、部屋へと向かっていった。
~fin~
ED後から数年後のお話
時間が遅くなった頃。
千尋は急ぎ、足を速めた。
「遅くなっちゃったーー。今日はアシュヴィンが帰ってくるのにっっ」
他国へ行っていたアシュヴィンが、今日帰ってくる。
仕事中の千尋はそれを人づてで聞き、急いで自分の仕事を終わらせた。
だが、予想外のことが多く、思いのほか時間がかかってしまったのだ。
「今日はせっかく……一緒にいられるのにっ」
ようやくアシュヴィンがいる寝室に辿り着き、千尋はその扉を開けた。
「アシュヴィン、ごめんっっ」
「しっ……」
アシュヴィンは、人差し指を口に当てて、静かにするように促した。
「あ……、ごめんっ」
アシュヴィンは寝台に腰掛けており、その膝には寝息を立てている2人の子供がいた。
その子供の面立ちは、千尋とアシュヴィンそれぞれに似ている。
「寝ちゃったんだね」
「ああ…。2人とも頑張ってはいたんだがな」
アシュヴィンはそう言いながら、2人の頭を撫でてやる。
2人を見ているアシュヴィンの表情は、とても柔らかい。
千尋はそんなアシュヴィンの隣に座る。
ぴったりとくっついて。
「お帰りなさい、アシュヴィン」
「ああ。ただいま」
小声で挨拶を交わすと、2人の唇が自然と重なった。
それは一瞬で、すぐに離れる。
「特に変わりはなかったか?」
「ええ。2人がアシュヴィンにすごい会いたがって、大変だった」
その言葉を聞いたアシュヴィンが、千尋の髪に触る。
「お前は?」
「え?」
「お前は俺に会いたくなかったのか?」
「……そんなの言わなくてもわかってるくせにっっ」
千尋は軽くアシュヴィンを睨みつける。
アシュヴィンには、まったく答えなかったが。
「そんな顔をするな。また口づけたくなるだろう?」
「んっ」
言うが早いが、千尋の言葉を待たずしてその唇は再び塞がれた。
「~~~~もうっ!!」
長くなりそうな口づけを、千尋は押し留める。
いくら寝ているとはいえ、子供の前だ。
行為に慣れてきても、抵抗はある。
「でも、アシュヴィンがこんなに子育てに協力してくれるとは思わなかった」
「そうか?」
「てっきり、采女や乳母に任せきりだと思ってた」
実際はそうなる筈だった。
だが、千尋は自分の手で育てることを譲らず、アシュヴィンもそれに応じた。
アシュヴィンの協力がなかったら、千尋はずっと子育てをしていただろう。
2人の子が落ち着いた今、千尋は少しずつだが仕事をこなしている。
時間が空いている時は、アシュヴィンも面倒を見ていた。
「自分の子供なんだ。当然だろう?」
「そうだけど……」
千尋がアシュヴィンを見ると、子供の頭を撫でていた。
その光景は千尋としても、大変微笑ましい…・・・。
――――が。
「千尋、何むくれてるんだ」
「え?」
「眉間にしわが寄ってるぞ」
アシュヴィンに眉間を指摘され、千尋は今気がついた。
「どうかしたのか?」
「………・…」
「言ってみろ」
口ごもってしまった千尋に、アシュヴィンは先を促す。
「だって……」
「ん?」
「…………私もアシュヴィンに甘えたいもの」
「…………」
千尋は自分の言葉に、激しく恥ずかしくなった。
自分の子供に嫉妬し、寂しさを感じてしまうなんて……。
アシュヴィンはきっと、呆れているに違いない。
「ちょっと待ってろ」
「……え?」
アシュヴィンは采女を呼び、2人の子供を預ける。
そして、千尋の元に歩み寄った。
見つめる千尋をアシュヴィンは、その腕に閉じ込めた。
「アシュヴィン?」
「お前がそんなことを言うから、触れたくなった」
「ごめんね。子供みたいで」
「いや、そんな風に言われて嬉しくない訳がない」
「っっ」
アシュヴィンは千尋の唇を奪った。
それは徐々に激しさを増していき……、気がつけば組み敷かれていた。
「ちょ……、アシュヴィンっ」
「何だ?」
「だって、アシュヴィン疲れてるのに」
「そんなことか」
「そんなことじゃなくてっっ」
自分の身体を労わらないアシュヴィンに、千尋は怒る。
「お前が俺を煽ったんだぞ」
「…………なっ」
「安心しろ。寂しさなど感じさせぬくらい、今日は付き合ってやる」
「……っ」
千尋はもう、顔が紅くなって言葉が出ない。
その隙に、アシュヴィンの顔が再び近づいてくる。
半ば諦めた千尋は、ゆっくりと目を閉じた……。
~fin~
ED後。 ある日千尋が見たものは…。
千尋はその時、珍しいものを見た。
「うわーーー、寝てるっ」
たまたまアシュヴィンに書類を届けに来たのだが、当のアシュヴィンは椅子で熟睡中だ。
「起きない……」
いつもなら、誰かが近寄っただけですぐに目を覚ますアシュヴィンだ。
だが今日は一向に目を覚ます気配がない。
こうした時間にアシュヴィンが眠る姿は、初めてかもしれない。
(やっぱり疲れてるのかな……。)
表立っては出さないが、アシュヴィンの疲労は相当だろう。
平和を取り戻した今、アシュヴィンは皇として働く。
そして千尋の負担にならないように、常に気を配ってくれるのだ。
「や、すっかり休まれてますね」
「リブ……」
アシュヴィンに気を取られてて、リブがいたことにまったく気がつかなかった。
「やっぱり疲れてるんだよね……」
「ええ。でも、こうして人が近くにいて起きないのも珍しいですね…・・・」
リブも千尋と同じ感想を述べる。
側近であるリブの前でも、安心して眠っていないのだろうか?
「でも……妃様の前だと安心して休まれてるようです」
「え……」
「ようやく、陛下が安心して眠れるようになれてよかったと思います」
リブの言葉に千尋は、アシュヴィンの顔を見る。
いまだに眠っていて、起きる気配はない。
「では、失礼します。もう少しこのままに……」
「うん、ありがとう」
リブを見送ったあと、再び千尋はアシュヴィンの寝顔を眺める。
その顔は整っていて、でも少し眉間にしわが寄っている。
(もうちょっと、穏やかにならないのかな……)
アシュヴィンのことだから、夢の中でも仕事をしているに違いない。
そう考えると千尋も笑みが零れた。
「お疲れ様、アシュヴィン……」
「ん……」
アシュヴィンは不意に目が覚めた。
「眠ってたのか……」
椅子に座って寝てたせいか、身体があちこち痛い。
ふと顔を上げるとそこにいたのは……。
「千尋……?」
何故か千尋が机に突っ伏したまま、眠っている。
恐らく自分に用があったのだろうが、今はすっかり夢の中だ。
「まったく、こんなところで……」
自分も人のことを言えた義理ではないが、千尋の無用心さには少し心配になる。
アシュヴィンは千尋を自分の膝に乗せた。
だが、一向に起きる気配はない。
「俺も起きないとはな」
人の気配を感じずに今まで寝ていたのは、千尋だったからだ。
そのことに驚き、同時に嬉しくも思う。
身体も心も安心して預けられるのは、千尋だけだ。
「さて、どんな反応するか楽しみだな」
千尋が目を覚ました時に、この状態でいることにどんな反応をするだろうか?
怒るか、恥ずかしがるだろうか?
それでも、最後にはきっと笑っているのだろう……。
アシュヴィンはそんなことを思いながら、千尋をずっと見つめていた。
~fin~
ある日アシュヴィンは、千尋に賭けを持ちかける・・。
コレは三択の選択肢があります。
スクロールすると、それぞれ見られます。
コレは三択の選択肢があります。
スクロールすると、それぞれ見られます。
「賭け?」
「ああ。せっかくだから賭けでもしないか?」
穏やかな休日のある日、千尋はアシュヴィンにそう言われた。
「いきなりどうしたの?」
「いや、久々に休めるんだ。何か面白いことがあったほうがいいだろう?」
「だから賭け?」
「そうだ」
そう言うアシュヴィンは、楽しそうに千尋を見つめている。
「何を賭けるの?」
「俺が今何を考えてるのか当てられたら、お前の勝ちだ。今宵一晩お前の物になってやるよ」
「どういうこと?」
「お前の言うことを何でも聞く」
「だったら、アシュヴィンが勝ったらどうするの?」
千尋は疑問に思い、そのままアシュヴィンに問う。
「俺が勝ったらどーするんだって?・・さぁ・・・。どーすると思う?」
「そんなのずるいわ」
千尋はむぅと口を尖らせている。
「そうか?それなりに代償があったほうが面白いと思わないか?」
無謀な挑戦とは思ったが、勝った時の状況に惹かれた。
「わかった。やる」
「そうこなくちゃな」
千尋のやる気に、アシュヴィンは尚も面白そうに笑っている。
「それで?俺の考えてることがわかるか?」
「んーーー」
千尋はアシュヴィンをちらりとも見るが、その表情は明らかに余裕だ。
それはきっと、千尋が当てる事が出来ないと思っているからだろう。
(何か、悔しい)
どうせ勝負するなら、勝ったほうがいいに決まってる。
千尋は思い巡らせ、ようやく一つの答えに絞った。
「どうだ?千尋。わかったか」
「うん、これでいく」
A・それはもちろん「国」のこと
B・「私」のこと
C・は・・・恥ずかしくて言えない様なこと
続き。それぞれの選択後(A・B・Cの順で)
Aの場合。
「やっぱり常世のこと・・・とか?」
「ほう・・・」
アシュヴィンは興味深そうに、千尋の言葉を耳を傾ける。
「だって、アシュヴィンは皇だし!!常に国のこと考えてるよね?」
「・・・・」
力説する千尋にアシュヴィンは・・・。
「お前の言うことも確かにな」
「でしょ!!」
「だが・・・」
アシュヴィンは千尋の頬をそっと撫でていた。
「せっかく夫婦2人の時間だというのに、それでは少し寂しいんじゃないか?」
「え・・・だめ・・・だった?」
「いや・・・その答えは存外悪くない」
「!!それじゃ・・・」
「ああ。『正解』だ」
「やったーーーーっ」
正解というよりもおまけに近かったが、千尋の言葉にアシュヴィンは負けた。
実際、国という言葉が千尋から出たのが嬉しかったからだ。
「それで?お前は俺に何をしてほしいんだ?」
「え・・・と」
本当に勝つとは思っていなかったので、千尋としては何も考えていなかった。
ただ、あえて望むなら・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・抱きしめてほしいな・・・」
「・・・は?そんなことでいいのか?」
「そんなことじゃないよ!!私にとっては重要なの!!」
力説する千尋に圧倒されながらも、アシュヴィンには嬉しい提案だった。
「そんなことなら喜んで」
アシュヴィンは千尋を引き寄せると、その力の限りで抱きしめた。
「これでいいのか?」
「ん・・・。もっと・・」
「了解」
アシュヴィンは腕の力を強めた。
自分の温もりが少しでも伝わるように。
「たまにはこんな日もいいかもな」
「そう・・・だね」
2人は他愛もない話をしながら、寄り添いあっていた。
1日が終わりを告げるまで。
~fin~
Bの場合。
「『私』のこと・・・・とか」
口に出したら馬鹿にされそうなことを、敢て口に出してみる。
「ほう・・・具体的には?」
「え・・・と」
千尋が言葉にするのを躊躇っていると、アシュヴィンが千尋に近づいてきた。
「言わないとお前の負けになるが?」
「~~~~~~~」
言う恥ずかしさと負ける悔しさ。
ぎりぎり悩んだ末、千尋が出した結論は・・・。
「く・・・・・・・・・・・・」
「く?」
「口づけが・・・したい・・・・・・とか?」
「・・・」
アシュヴィンはじっと千尋を見つめて、それから・・・。
ーーちゅっ。
「!!」
一瞬の隙をついて、千尋の唇を奪っていた。
「ちょ・・・。アシュヴィンッ!!」
「俺が考えてることをそのまましただけだ」
「だからって・・・ふっ」
千尋が反論する隙を与えず、再びその唇を奪う。
その口づけは千尋の力も奪っていく。
力が抜けた千尋は、アシュヴィンの肩にもたれる。
「も・・・何でこんな」
「したいからに決まってるだろう」
「・・・」
こうもはっきりと断言されると、千尋は何も言えない。
「あ・・・。でも、賭けには勝ったんだよね」
「ま、そういうことになるな・・・で?」
「で?」
「お前が勝ったんだから、今宵、俺はお前の物になる約束だろう?」
「・・・そうだね」
「何がお望みだ?」
言葉の端々には、アシュヴィンの余裕があってとても悔しい。
勝った筈なのに、負けた気がするのは何故だろうか?
それでも・・・。
千尋は躊躇いながらも、敢てそれを口にする。
「・・・千尋?」
「さっきの続き・・・をしてほしいかな」
「ほう・・・?」
「ダメ?」
「駄目な訳ないだろう・・・」
アシュヴィンはやはり面白そうに笑いながら、顔を寄せてきた。
そして千尋はゆっくりと目を閉じる。
すぐに訪れる、その時を待ちながら・・・。
~fin~
Cの場合。
「え・・・と・・・・・・」
千尋はちらりとアシュヴィンを見る。
見られたアシュヴィンは、楽しそうに千尋を見ている。
(い・・・言えないっ!!)
千尋は考えている答えで、頭がいっぱいになっている。
「どうした千尋?言わないと、お前の負けになるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う・・」
千尋自身、それはわかっている。
だが、どうしても口に出すのは恥ずかしくて無理だった。
「あと、10秒だな」
「え・・・っ。ちょ・・・」
「10・・・9・・・」
慌てる千尋をよそに、アシュヴィンはカウントを始めた。
(どうしよう、どうしよう・・・・・)
「5・・・4・・・3」
(うーーーっ。でも無理無理っ)
「2・・・1・・・0」
「!!!!」
「終了だな。お前の負けだ」
「あ・・・」
アシュヴィンの言葉に、千尋は呆然となる。
答えも言えず、賭けにも負けてしまった。
「アシュヴィン・・・。あ・・・あの」
「お前が勝ったら、今宵一晩お前の物になるんだったな・・・」
「ちょっと・・・近寄りすぎじゃないかしら・・・」
アシュヴィンがじりじりと千尋に近づき、千尋は思わず後ろに下がってしまう。
だが、元々の座っている椅子は広さがない。
すぐに後ろに詰まり、千尋は逃げ場を失った。
「・・・アシュ・・・ヴィン?」
「俺が勝ったのだから、今宵はお前を好きにさせてもらおうか?」
「す・・・好きに?」
「そうだ」
アシュヴィンの意図がわかり、千尋は焦る。
だが、千尋にはどう見ても逃げ場がない。
「ま・・・待ってっ」
「待たない。俺の好きにするのだからな」
「・・・っ!!」
アシュヴィンは千尋の首元に、自分の唇を宛がう。
その感覚はくすぐったくて、こそばゆい。
「諦めろ。お前には拒否権はない」
「っ!!」
千尋は賭けにのった事を激しく後悔し、アシュヴィンの行動を受け入れていた。
「・・・ところで」
「ん?」
一段落したころ、千尋はずっとアシュヴィンに聞いておきたかった。
「結局、賭けの答えって何だったの?」
「答え・・・ね。案外、あの時お前が考えていたことと、同じだったかも知れんぞ」
「なっ!!!」
あれだけ悩んでいた千尋の考えを、アシュヴィンは見透かしていた。
そして答えても、はずれても結果は同じだった・・・かもしれない。
「それって!!」
「甘い話には必ず裏があるもんだ。わかっただろう・・・?」
「アシュヴィンの・・・馬鹿ーーっ」
後悔しても時すでに遅く、千尋は叫ぶことしか出来なかった・・・。
~fin~
熊野に来たばかりのお話。
熊野へ訪れた千尋たちは、一時の休息をとる事にした。
常世への戦の前に、身体を休めなければならない。
そう判断し、千尋も休息をとるため散策していた。
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
「あ……アシュヴィン…」
ぼんやりと森の中を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「相変わらず、共も連れずに1人で出歩いてるんだな、お前は」
「それはアシュヴィンだって、一緒でしょ?」
いつも傍らにはリブがいる印象が強いが、今日はリブ1人だった。
「この辺は知らぬところも多いからな」
アシュヴィンは情報収集も兼ねて、1人で回っていたらしい。
その理由は最もだが、一国の皇子が出歩くものだろうか?
「理由はわかったけど、1人でいていいの?」
「ふっ……。確かに中つ国の兵にでも会ったら、攻撃されるかもな」
「なっ!!そんなことはさせないわよ」
「どうだかな。将のお前がそう思っていても、兵の中では複雑だろう」
「…………」
アシュヴィンの言うことは最もだった。
今ではアシュヴィンたちが仲間だったとはいえ、それ以前は敵同士だった。
自分の親しい者が傷つけれた者も、中にはいる。
「そうね……。でも、私はみんなを信じたいわ」
「信じる?何をだ」
「今、アシュヴィンたちを傷つけるような真似をしないことを……。今の状況が正しかったと思うことを……」
そう言い切る千尋の瞳は揺るぎない。
アシュヴィンはその瞳に何かを感じた。
千尋の想いを。
(変わった女だ)
そんな千尋に、アシュヴィンは惹かれてやまない。
千尋はまったく気づいていないだろうが。
「だったら尚更1人で出歩くな。お前がいなくなると困る者がいる。それを自覚するんだな」
「……わかったわ」
アシュヴィンの言葉は正論で、千尋には返す言葉がない。
思わず黙ってしまった千尋に、何か冷たいものを感じた。
「え……?」
千尋が顔を上げると、さらにそれは襲ってくる。
「むっ……。雨か」
「う……嘘っ」
その雨は小降りではなく、一気に土砂降りへと変わる。
「こっちだ」
「あ……」
千尋はアシュヴィンに引っ張られ、何とか雨が凌げそうな木陰を見つけた。
「恐らく通り雨だろう。ここで少し引くのを待つか」
「そう…ね……」
アシュヴィンの言葉に応えながらも、その会話はぎこちない。
千尋としては、今の自分の状態が問題だった。
(ど……どうしよう……)
雨を凌ぐためとはいえ、アシュヴィンの身体がとても近い。
それと比例して、自然と顔が熱くなる。
「……くしゅっ」
「寒いのか?」
「ちょっとだけ」
一瞬とはいえ、雨は千尋の身体の体温を奪っていた。
少しだけ寒気を感じ始めていた。
「仕方ないな」
「え……」
アシュヴィンは、自分の外套を千尋に被せた。
その外套からは温かさを感じる。
「ちょ……アシュヴィンが寒くなるから……」
「俺はお前ほどやわじゃない。男の厚意は素直に受けっておけ」
「あ……ありがとう……」
そこまで言われてしまうと、千尋は受け取るしかない。
アシュヴィンの外套はとても温かく、先ほどの寒さを和らげた。
「…………」
急に2人の間に沈黙が訪れる。
並んで立っている2人は、微妙な距離を保っていた。
千尋としてもどうしていいかわからない。
アシュヴィンとはこの間まで敵同士。
今では仲間だが、そう親しいとは言える間柄でもなかった。
「あ……」
千尋がちらりアシュヴィンを見ると、その肩口は濡れている。
千尋を濡らさないため、自然とそのスペースを空けていたのだとわかった。
外套も千尋に貸し、自分の身体は雨で濡れている。
そんなアシュヴィンの心遣いに、千尋の心は自然と温かくなる。
「アシュヴィン……。肩濡れてるからもう少し、こっちに来たら?」
「別にお前が気にすることじゃない」
「気になるわよ……。ほらっ」
動こうとしないアシュヴィンの手を取ると、その手からは冷たさを感じる。
「アシュヴィン……。手冷たい」
「そうか?元々こんなものだろう」
「嘘っ!!これじゃ、アシュヴィンが風邪引いちゃうわよ。これ、返すから」
「馬鹿、いいって」
「でもっ」
「仕方ないな」
頑として納得しない千尋に、アシュヴィンは実力行使に出た。
「!!」
「これなら文句ないな」
アシュヴィンは外套ごと、千尋を抱きしめる。
アシュヴィンのその身体は、やはり冷たかった。
「お前の体温は温かいな」
「……そう?」
「ああ」
密着させている身体は、自然と体温が上昇していく。
千尋は、自分の温もりが少しでもアシュヴィンに分けれたらと思っていた。
だが、徐々にその行為に動揺している自分がいた。
不快を感じている訳ではない。
しかし、この気持ちに説明が出来ない。
ただ一つ願ったのは……。
まだ……、雨が止まないでほしい……。
それはほんのささやかな願いだった。
~fin~
常世への戦の前に、身体を休めなければならない。
そう判断し、千尋も休息をとるため散策していた。
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
「あ……アシュヴィン…」
ぼんやりと森の中を歩いていると、後ろから声をかけられた。
「相変わらず、共も連れずに1人で出歩いてるんだな、お前は」
「それはアシュヴィンだって、一緒でしょ?」
いつも傍らにはリブがいる印象が強いが、今日はリブ1人だった。
「この辺は知らぬところも多いからな」
アシュヴィンは情報収集も兼ねて、1人で回っていたらしい。
その理由は最もだが、一国の皇子が出歩くものだろうか?
「理由はわかったけど、1人でいていいの?」
「ふっ……。確かに中つ国の兵にでも会ったら、攻撃されるかもな」
「なっ!!そんなことはさせないわよ」
「どうだかな。将のお前がそう思っていても、兵の中では複雑だろう」
「…………」
アシュヴィンの言うことは最もだった。
今ではアシュヴィンたちが仲間だったとはいえ、それ以前は敵同士だった。
自分の親しい者が傷つけれた者も、中にはいる。
「そうね……。でも、私はみんなを信じたいわ」
「信じる?何をだ」
「今、アシュヴィンたちを傷つけるような真似をしないことを……。今の状況が正しかったと思うことを……」
そう言い切る千尋の瞳は揺るぎない。
アシュヴィンはその瞳に何かを感じた。
千尋の想いを。
(変わった女だ)
そんな千尋に、アシュヴィンは惹かれてやまない。
千尋はまったく気づいていないだろうが。
「だったら尚更1人で出歩くな。お前がいなくなると困る者がいる。それを自覚するんだな」
「……わかったわ」
アシュヴィンの言葉は正論で、千尋には返す言葉がない。
思わず黙ってしまった千尋に、何か冷たいものを感じた。
「え……?」
千尋が顔を上げると、さらにそれは襲ってくる。
「むっ……。雨か」
「う……嘘っ」
その雨は小降りではなく、一気に土砂降りへと変わる。
「こっちだ」
「あ……」
千尋はアシュヴィンに引っ張られ、何とか雨が凌げそうな木陰を見つけた。
「恐らく通り雨だろう。ここで少し引くのを待つか」
「そう…ね……」
アシュヴィンの言葉に応えながらも、その会話はぎこちない。
千尋としては、今の自分の状態が問題だった。
(ど……どうしよう……)
雨を凌ぐためとはいえ、アシュヴィンの身体がとても近い。
それと比例して、自然と顔が熱くなる。
「……くしゅっ」
「寒いのか?」
「ちょっとだけ」
一瞬とはいえ、雨は千尋の身体の体温を奪っていた。
少しだけ寒気を感じ始めていた。
「仕方ないな」
「え……」
アシュヴィンは、自分の外套を千尋に被せた。
その外套からは温かさを感じる。
「ちょ……アシュヴィンが寒くなるから……」
「俺はお前ほどやわじゃない。男の厚意は素直に受けっておけ」
「あ……ありがとう……」
そこまで言われてしまうと、千尋は受け取るしかない。
アシュヴィンの外套はとても温かく、先ほどの寒さを和らげた。
「…………」
急に2人の間に沈黙が訪れる。
並んで立っている2人は、微妙な距離を保っていた。
千尋としてもどうしていいかわからない。
アシュヴィンとはこの間まで敵同士。
今では仲間だが、そう親しいとは言える間柄でもなかった。
「あ……」
千尋がちらりアシュヴィンを見ると、その肩口は濡れている。
千尋を濡らさないため、自然とそのスペースを空けていたのだとわかった。
外套も千尋に貸し、自分の身体は雨で濡れている。
そんなアシュヴィンの心遣いに、千尋の心は自然と温かくなる。
「アシュヴィン……。肩濡れてるからもう少し、こっちに来たら?」
「別にお前が気にすることじゃない」
「気になるわよ……。ほらっ」
動こうとしないアシュヴィンの手を取ると、その手からは冷たさを感じる。
「アシュヴィン……。手冷たい」
「そうか?元々こんなものだろう」
「嘘っ!!これじゃ、アシュヴィンが風邪引いちゃうわよ。これ、返すから」
「馬鹿、いいって」
「でもっ」
「仕方ないな」
頑として納得しない千尋に、アシュヴィンは実力行使に出た。
「!!」
「これなら文句ないな」
アシュヴィンは外套ごと、千尋を抱きしめる。
アシュヴィンのその身体は、やはり冷たかった。
「お前の体温は温かいな」
「……そう?」
「ああ」
密着させている身体は、自然と体温が上昇していく。
千尋は、自分の温もりが少しでもアシュヴィンに分けれたらと思っていた。
だが、徐々にその行為に動揺している自分がいた。
不快を感じている訳ではない。
しかし、この気持ちに説明が出来ない。
ただ一つ願ったのは……。
まだ……、雨が止まないでほしい……。
それはほんのささやかな願いだった。
~fin~
熊野にて。10000HIT記念。
そこは熊野のある森の奥。
その場所に千尋は一人でいた。
「ここなら誰も来ないよね」
千尋が辺りを見回すと、そこには静けさのみ。
それを確認すると千尋は、着ていた服を脱ぎ始めた。
「やっぱり水浴びは気持ちいい…」
最初は触れた時の冷たさも、徐々に身体が馴染んでくる。
以前水浴びをした時も思ったが、身体が綺麗になり気持ちも変わっていく。
これからの事を考えるために、頭の中を整理させたかった。
「狭井君に教えてもらってよかったかも……」
千尋が少し考える時間が欲しいと、狭井君に頼んだ。
すると、狭井君は森の奥の泉を教えてくれた。
泉の水はとても透き通っていて、小さな滝も流れている。
その透き通った泉で水浴びし、これからの事考えようと思った。
戦の事ともう一つ。
「もうすぐ……なんだ」
もうすぐ、アシュヴィンとの結婚が控えている。
それはこれからの戦のための、言わば『政略結婚』
狭井君の提案と、アシュヴィンの同意の元で行われる。
それに伴い、準備は進んでいく。
だが、千尋だけは取り残されていた。
「頭ではわかってるんだけどな……」
自分は王族だ。
国のためになる事なら、何でもしなくてはならない。
しかし、今の千尋にはどうしても割り切れなかった。
相手は自分が今まで、敵だと思っていた相手。
そしてそれ以上に、気になっていた相手だった。
「もー、よくわかんないっ」
いくら考えてもわからないままで、千尋はいっそう深みにはまっていた。
「一体、何だって言うんだ」
アシュヴィンは訳がわからないまま、森の奥へと歩いていく。
事の発端は、狭井君だった。
『姫が戻ってこないので、探してきていただけますか?』
『何故、俺が?』
『もうすぐ、夫婦となられるのですから…。少しは会話されたらどうです』
『あいつは全く納得していないようだが?』
『今はまだ、混乱しているだけ。じきに落ち着くと思います』
『……で、あいつはどこに行ったか検討はつくのか?』
『ええ……』
狭井君との会話は、アシュヴィンにとって少々不快だ。
何しろ喰えない人間だ。
千尋は全く気がついていないが、明らかに何かしら企んでいる。
今回の結婚に対しても、何かしらの思惑がある筈だ。
「まあ……。それが普通だがな」
王族の結婚は何かしら、政治的な思惑が絡み合う。
アシュヴィンだってそうだ。
今回の結婚で、中ツ国や他の勢力をあてにしようとしているのだから…。
その中で、傷つく人間がいようとも……。
気がつくと、アシュヴィンは大分森の奥まで来ていた。
そしてある場所に、光が差し込んでいる。
何となくその場所に千尋がいると思い、先を急ぐ。
その光の先には……。
「しかし……、あいつはこんなとこで一体何を……」
アシュヴィンが辿り着いたのは、森の奥にある泉。
だが、そんな事よりもアシュヴィンの目に映ったのは……。
「……っ!!」
1人の少女が小さな滝で、水を浴びている。
その姿は、何か神聖なものを感じた。
まるで、神にその身を捧げているような…。
その光景に、アシュヴィンは息を呑んだ。
何も考えられず、身体も固まって動けずにいた。
「ん?」
不意に視線を感じ、千尋はその方向に振り向く。
するとそこには、先ほどまで考えていた人物がそこにいた。
「っ!!……あ…アシュヴィン…!!」
千尋はアシュヴィンの姿に驚き、また今の自分の状況を思い出した。
その視線から逃れるように、千尋は背を向いてしゃがんだ。
泉の水は浅くて、身体を全て隠す事が出来ない。
しかし、何もしないよりはマシだった。
「龍の姫がこんなところで水浴びか?」
「なっ。何でアシュヴィンがここに…」
せめて、自分から意識を遠ざけようとアシュヴィンに投げかける。
「狭井君から、お前を探すように言われてな。この辺りだと聞いて…来た」
「え……?狭井君は私がここにいる事…、知ってる筈なのに」
何故だろうと首を傾げる千尋に、アシュヴィンは苦笑した。
「さあな。お前に触れて来いって事なのかもしれないぞ」
「なっ…!!そんな事!!」
案の定、千尋はすぐにそれを否定した。
(俺が千尋に手を出して、既成事実でも作らせる気か?)
あり得ない話ではない。
子供を作る事は、次の国の運命を決める。
そしてそれが権力があればあるほどに、国のためにはいい。
その子供に、中ツ国と常世を治めさせようと、目論んでいるのかもしれない。
「まあ、そんな気は俺にはないから安心しろ」
「ほんとに?」
「ああ」
さすがに、明らかに初心な少女を、手を出すのには気が引けた。
しかし簡単に安心されるのも、アシュヴィンとしては面白くない。
「だが、そのままの格好でいられる俺も気が変わるかもしれんな」
「!!」
その言葉に千尋の身体が少し動き、固まったのがアシュヴィンにもわかった。
そんな千尋に苦笑しつつ、アシュヴィンは……。
「こちらを向いているから、さっさと着替えろ」
「え……?」
その言葉は千尋にとっては、予想外だった。
「あの…。アシュヴィン?」
「それとも期待通りにしてほしいのか?」
「着替えます!!」
即答する千尋に笑いながら、アシュヴィンは泉に背を向けた。
「み……見ないでね」
「わかったから、とっとと着替えろ」
「う……うん」
その言葉通りに、アシュヴィンは背を向けたまま動こうとしない。
そんなアシュヴィンの様子を見ながら、千尋は動き出す。
―――ザバッ。
「……」
正直、アシュヴィンは困っていた。
水音が聞こえる。
それは千尋が、泉から上がった音。
衣擦れの音が聞こえる。
それは千尋が、着替えている音。
何も会話をしていないせいか、嫌でも耳に音が入ってくる。
(困ったものだ……)
こういう時、自分が『男』だという事を思い知る。
千尋にも少しは、意識して欲しいものだ。
「あの……、アシュヴィン。終わったよ」
「そっち向いてもいいか」
「え…ええ」
わざわざ確認してくるのは、アシュヴィンの優しさだ。
その優しさが、千尋の胸にしみる。
「しかし、こんなところに1人で来るとは感心しないな」
「っ!!」
もし自分以外の男が、ここに訪れたらどうする気なのか?
「何されても、文句は言えないんだぞ」
「!!!」
その言葉に千尋は顔を紅くし、俯いてしまう。
(確かに、アシュヴィンの言う通りだ)
以前も忍人に言われたばかりだというのに、再び繰り返している。
「ごめんなさい……」
「お前が素直に謝るとはな」
「だって、1人で考え事したかったんだもの」
「考え事?」
「うん……。これからの事とか……結婚の事とか」
「成る程な」
目の前にいる少女は、明らかに今回の結婚に戸惑っている。
頭では王族としての立場を理解しているだろうが、心はまだ未熟な少女と言ったところか。
「お前は俺との結婚に大変、不満なようだな」
「え……」
アシュヴィンの言葉に、千尋は驚きを隠せない。
千尋はアシュヴィンをどう思っているか、わかっていないのだ。
不満なのか、そうでないのかが…。
そんな千尋を見透かしたかのように、アシュヴィンは笑う。
「まあ、いいさ。今は、な」
「?」
「とりあえずは、王族としての役目を果てしてくれればな」
「わ……わかってるわ」
その物言いに、千尋は少しムッとした。
甘い言葉すら紡ぐ事もせず、アシュヴィンはその場を立ち去る。
「もーー、何なのっ」
千尋はアシュヴィンの姿を見つめたまま、動けずにいた。
「今は……まだダメだな」
立ち去ったアシュヴィンは、ポツリと呟いた。
その脳裏には、先程の千尋の水浴びの姿が浮かぶ。
あの時、ただ息を呑んだ。
その姿に見惚れて……、動く事が出来なかった。
特にいやらしい感情も浮かばなかった。
そこにあったのは、千尋を綺麗だと思った。
ただ、それだけで。
それはまるで、天女や神の遣いにしか思えなかった。
次に我に返った時には、その少女を自分の物にしたいと思った。
先程までの姿とは違い、可愛らしくて、そして「女」である千尋の事を…。
けれど、それは思いとどまった。
今までだったら、その場で自分の物にしてきただろう。
だが千尋はまだ、自分の気持ちを理解していない。
アシュヴィンは、千尋の『心』も手にいれたいのだ。
「俺も……、大概馬鹿だな」
アシュヴィンは自嘲して笑う。
「だが、必ず手にいれる……」
そう決意しながら、アシュヴィンは来た道を戻っていった…。
~fin~
ED後。アシュヴィンよりも早く起きた千尋は…。
「ん……?」
千尋は差し込んできた光に、目を覚ました。
徐々に覚醒し、今が朝だということを認識する。
千尋が寝返りを打つと、思わず声を上げそうになった。
「あ……」
千尋は何とか手で口を塞ぎ、声を堪えた。
目の前にいるのは、自分の夫であるアシュヴィンだった。
その瞳は堅く閉じられ、深く眠っている。
(う……、動けない)
千尋はそんなアシュヴィンにしっかり手を握られ、もう片方の手で抱き寄せられている。
わずかな隙間もない密着状態だ。
これでは無理に起きようとすると、アシュヴィンを起こしてしまう。
常に忙しいアシュヴィンのわずかな休息を、妨げたくなかった。
それに…。
(もう少し……、このままでいいかな)
少しでもアシュヴィンと過ごした気持ちが、千尋には勝った。
千尋はここぞとばかり、アシュヴィンを観察する。
(アシュヴィンって、整った顔をしてるな……。寝てても何か…)
千尋はアシュヴィンを見て、見惚れてしまっていた。
その事に気がついて、千尋は慌てる。
そして視線は、自分の手に行き着いた。
アシュヴィンによって、しっかりと握られた手。
その手はとても大きく、千尋を包み込む。
(アシュヴィンの手って、大きくて綺麗だな)
普段は手袋をしていて見えないが、その手は傷がなく綺麗に思えた。
それは自分だけに見せてくれる。
その手に自分の手を握られると、千尋自身も包まれているような気がした。
千尋は、そんな考えに思わず笑う。
(何か、ずっとアシュヴィンの事しか考えてないかも……)
アシュヴィンを見ているだけで、自然と湧き上がってくるものがある。
それは顔であっても、手であっても。
他の部分でもきっと一緒なんだろう…。
「…何笑ってるんだ……?」
「あ…。起きた?」
アシュヴィンはようやく目を覚まし、笑う千尋に首を傾げる。
「何かやたらと…。お前の視線が感じた気がした」
「そうかな…。気のせいじゃない?」
千尋は恥ずかしさから、思わず誤魔化してしまう。
「まあいい。目が覚めた時にお前の笑顔が見れるのは、存外悪くない」
「ふふっ…。おはよう、アシュヴィン」
「おはよう……、千尋」
2人は自然と唇を重ねる。
それは今では、当たり前になりつつある。
唇が離れると、自然と千尋は繋いでいる手を握り締めた。
「何かね…。アシュヴィンの手…、綺麗だなぁって思って」
「何だ、急に」
唐突すぎる千尋に、アシュヴィンは不思議そうに見ている。
「大きくて傷一つなくて、綺麗って思ってたの」
「それなら…」
「?」
アシュヴィンは繋いで手を自分の唇に寄せて、そっと口付けた。
「あ……、アシュヴィンッ」
「俺はお前の小さくて白い綺麗な手が、好きだ」
あっさりと言ってしまうアシュヴィンに、千尋は顔を紅くした。
「もう…!!」
「お前が最初に言ったんだろうが…」
恥ずかしくて千尋は、思わず口を尖らせる。
「だったら…、どうすれば機嫌を直すんだ?」
「……まだ、手を繋いでて…?」
「了解…」
合わさった手から温もりが、広がっていた。
『好き』という気持ちと合わせて……。
~fin~
バッドED。苦手な方は注意してください。
「お前は一人帰れ」
「アシュヴィンッ!?」
皇たちの軍に追われ、篭城にも限界がきた頃。
アシュヴィンは千尋を連れ出した。
そして比良坂で千尋に逃げるように言い出したのだ。
「頼むから聞きいれてくれ」
無理をして笑うアシュヴィン。
それは祈るような願い。
「な……んで」
「言ったはずだ。俺はお前を死なせたくはない……」
「アシュヴィン……」
「俺の望みはお前が生き延びることだ」
「私……は…」
その言葉で千尋には全てがわかってしまった。
アシュヴィンはもう決めてしまっている。
千尋と別つ道を。
他に何か言わなくてはいけないのに……、何も出てこない。
言葉の代わりに熱いものがこみ上げてくる。
「泣くな……」
「もう一つだけ……わがままを言っていいか?…微笑んでくれないか……一度だけでいいから…」
それは、唯一の願い。
未練がましく、千尋への想いを断ち切れずにいる。
「…ん。……うん」
千尋は必死にその言葉に応えようと、無理やり笑顔を作った。
それが今出来る、千尋の精一杯だったから。
アシュヴィンがそっと目元を拭い、優しく微笑む。
「綺麗だな……。最初に出会った時から、なぜかお前が好きだった」
アシュヴィンが口にした、最初で最後の告白。
そしてそれは、静かに消えていく。
「……ありがとう」
アシュヴィンはそう言うと、背を向けて黒麒麟の元へ。
千尋は、ただその光景を見る事しか出来ない。
「あっ…!!」
間もなく、アシュヴィンは黒麒麟に乗って去っていく。
その姿は段々と小さくなっていく。
心に残ったのは、後悔と悲しみ。
そして、ようやく理解する。
「……っ!!」
千尋はその場に崩れ落ち、溢れる涙が止まらなかった。
「わた…しも……。好き……だったのに…」
千尋が自覚した時には、すでに遅すぎた。
その想いの相手とは、二度と会えないのだから…。
アシュヴィン1人が砦に帰った時には、リブが待っていた。
「帰って来られたんですね」
「当然だろう」
「そのまま……、逃げてくれる事を願っていました」
「馬鹿言うな。兵を捨てるわけにはいかない」
「殿下……」
すぐ近くに幸せがあるというのに、アシュヴィンは進んで苦難の道を行く。
リブにはそれがわかって、重い息を吐いた。
「本当に不器用な方ですね」
「……」
「殿下は二ノ姫の事を深く愛していらしたのに……、それも伝えずに…」
「今では言わなくてよかったと思っている。これからのアイツには必要がないからな」
アシュヴィンの脳裏に、先ほどの千尋とのやり取りが浮かぶ。
涙を流し、それでも無理してアシュヴィンのために笑う。
―――先ほどの言葉は、闇夜に消えていればいい。
―――そして俺だけに見せてくれた笑顔。
それだけで、もう……充分だ。
これから千尋の行く末に、笑顔があふれていればいい。
たとえ……、俺が隣にいなくても……。
~fin~
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プロフィール
HN:
文月まこと
性別:
女性
自己紹介:
乙女ゲーム・八犬伝中心に創作しています。萌えのままに更新したり叫んでいます。
同人活動も行っています。
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